天野理事長ブログ&スケジュール

2016.03.17

「介護の現実」

 

最近、仕事柄「仕事と介護の両立」という言葉を目にするようになりました。

 

親の介護を理由に辞職する「介護離職」が急増していることが背景となっています。

高齢化社会を背景として、日本の要介護認定者数も、平成13年から24年の10年間で288万人から546万人に膨れ上がっています(厚生労働省公表値)。

 

少し前までは労働問題として、両立問題といえば「仕事と育児」でした。

確かに育児も大変なのですが、介護は、介護をする人のメンタルへの影響がより過酷なものとならざるを得ません。

 

介護が大変である理由はいくつかありますが、自らの体験からや、ヘルパーやケアマネージャーの方々にお聞きして知ったのは、以下のような理由です。

 

1.育児と違い、先に行くほど状況は悪化することが確実

 

2.対象者が身長も体重もある大人であるため、体力的な負荷が大きい

 

3.お年寄りの「元気だったころ」を知っている家族等が介護をする場合、その落差にショックを受けることが多い(こんな人ではなかったのに、という思い)

 

4.介護をする者の年齢層が一番多いのが60代、次に50代であり(総務省公表値)、老老介護のダメージがある

 

5.寝たきりになってから4年は寝たきり介護が続く、という研究発表もあり、予想外に時間負荷がかかる

 

6.育児よりは男性が関わる割合が高く、育児経験が女性より少なく、社会人歴が長い男性は「相手はこうすればこうなるはず」の思い込みを打ち砕かれ挫折しがち(介護殺人の8割が男性という記事あり)

 

以上の中で、意外に苦しむのは36のように思います。

人間の人格は「脳」に支配されています。

とすると、老化による認知症の進行はその人の人格まで変えてしまうことがあります。

一方、介護する側は脳が相当衰えない限り、以前の人格のままです。

認知症が進行すると、今まで築かれてきた介護される側、する側、双方の人間関係が仕切りなおされてしまうということがおこるのです。

それが、半世紀以上にわたる穏やかな人間関係や深い信頼関係であったとしても、です。

こんな状況の下、昔を知るからこそ、介護する側が変わり果てた認知症の相手の姿に、なかなかついていけない苦しみが生じます。

 

2009年、女優の清水由貴子さんがお父様の墓前で雨の中、介護する認知症のお母様を車椅子にのせたまま横に置いて自殺されていた介護自殺事件は、鮮烈に記憶に残っている方もおられると思います。

独身で明るく気丈なお姉さん気質の女優さんでした。彼女に励まされた男優さんも多かったようです。

 

今年に入り、83歳の夫が、自宅介護の77歳の重度の認知症の妻と無理心中をはかり、自分は死に切れず逮捕されました。彼は拘置所での食事を一切拒否し、まもなく亡くなりました。

 

きっと清水さんも83歳の男性も、「なんとかなる」と介護の初めでは気丈に考えていたのかもしれません。深い愛があれば、長年よりそった知り尽くした相手だから、なんとかなる。

そんな想いを「介護の現実」が打ち砕いてしまう。

 

精神科の権威である東京女子医大の加茂登志子教授は

「人間の人格をつかさどる脳は、その人そのもの。

「自分が自分であること」を守るために、そう簡単に変化しないようにホメオスタシスを死守しようとする最も堅固な器官です。だから厄介なこともおこる。」

とご説明下さいました。

 

だとすると、介護の現実を目の当たりにした方に「もっと気楽に、相手は認知症なのだからそんなものよ」などといっても、それはあまりに残酷、そんな気楽に思えないのが介護者の現実、なのでしょう。

 

介護の現実を甘く見ない社会作りは、高齢化が急速に進展する日本にとって、急務だと思います。

 

㈱ニッセイ基礎研究所 生活研究部研究員

JADP上級心理カウンセラー 天野 馨南子

ベンチの老人

 

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