女性外来の診察室から

第93回 優しい医者

 私が女性外来を担当している病院で、健康診断で来院される患者さんを診ることがあります。先日、そこに、60歳代男性の船員で、高血圧、高血糖(HbA1C 7.87%)、高脂質、高尿酸血症、肝障害、BMI 29の肥満、と、生活習慣病オンパレードの方が来られました。病院で高血圧の薬はもらっているけれど、最近2週間はなくなって、服用していないと言われます。お薬手帳を見せてもらうと確かに降圧剤と抗凝固剤が処方されていました。過去の健康診断の経過を見ると、血糖もコレステロールも年々上昇してきていましたが、患者さんの認識は高血圧のみでした。心電図では心房細動を認め、抗凝固薬の処方は血栓予防のため、とすぐに合点がいきましたが、心房細動のみならず、心室性期外収縮も頻回に出現していました。船員なので、3か月は船上勤務、1か月は休暇のサイクルで、休暇の間に病院を受診し3か月分の薬をもらうということでした。「そういえば、今度病院に来た時には検査をして、心臓の手術をするかどうか決めると先生が言いよった。」とのこと。「手術って、カテーテルでやる手術? 何のためにするって?」と聞くと、「よう知らん。」と。私は、「ええー、自分の体のことなのに、病気がどんな病気か、なぜそんな治療をするのか、聞かないんですか?」 患者「先生は忙しゅうしとってのに、そんなことは聞けん。」と、あきらめ顔でつぶやいておられました。
 日頃女性外来で診療する患者さんの中に、医師、特に男性医師の前では緊張して気後れし、言いたいことの半分も言えないと言われる方が少なからずおられます。しかし、程度の差はあれ、女性に限らず男性でも医師の前では言いたいことを十分言えていない人がいると思われます。それが、病院という環境のせいなのか、医師が発する雰囲気なのか、性格か、理由は様々のようですが。患者が女性で医師が男性の場合はさらにジェンダーの違いによる影響もあるでしょう。女性外来では、問診の際、できるだけ対等な立場で話すよう心掛け、時間をかけて受診理由や病歴を聴くようにしていますが、診断の手がかりを得ることはもちろん、患者さんの希望(検査や治療をどこまでやるか、など)もわかり、互いの信頼関係が築きやすいことを実感します。
 荷物の整理をしていたら、その昔、性差医療や女性医療に出会うずっと以前に山口県医師会報に寄稿した「優しい医者」と題した小文が出てきました。私が20代の頃、滞在していた米国で目にした医師と患者の一コマを書いたものです。たとえば、男性が、女性の肩に手を回し、もう一方の手は相手の手を握り、“Hi, young lady! How are you feeling today? You look great.”男性は医師、女性は背が丸くなった80代と思しき女性患者さんです。 また、私が長男を出産した時、出産直後に主治医が枕元に回って来て、「Congratulations! You got a beautiful baby boy. You did quite a job.”と言って頬にキスしてくれたこと。その頃の私は渡米して1年、20代半ばの世間知らずで、患者で、アジア人種で・・・と、ずいぶん臆病な人間だったような気がします。今でも顔を思い出すこのドクターのやさしさは、初めての出産直後の疲れた私をどれだけ励まし、幸せな気分にしてくれたかわかりません。この小文を書いたのはその頃から10年後の30代半ばでしたが、その最後に、患者というのは医療現場では圧倒的に弱者であること、医者は、患者がどんな人であれ、どんなに優しくなってもなりすぎることはないと思うこと、忙しくて疲れている時にわがままな患者さんにいら立つ自分を恥じるというようなことを書いていました。思い返してみると、後に女性外来に出会い、その診療姿勢に心から共感できたのは20代の米国での経験がベースにあるのかもしれません。  
冒頭ご紹介した男性患者さんには、次にかかりつけ医を受診した時には、自分の病名と治療の内容を自分にわかるよう説明してくれるようお願いすること、その当たり前のことがしてもらえないなら、セカンド・オピーニョンを聞きに別の医療機関に行った方がよいと勧めて帰ってもらいました。

阿知須同仁病院 女性総合外来、尾中病院 女性外来  松田昌子

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