女性外来の診察室から

No.62 高血圧に関する情報提供

荒木労働衛生コンサルタント事務所所長 荒木葉子先生の投稿です。

日本高血圧学会から愛のビデオ!?

日本高血圧学会は「高血圧治療ガイドライン2019」を出版し、一般の方々にも新しいガイドラインや減塩の重要性を知っていただくために、ビデオを作ったようです。

 

宮尾先生ご推奨ですので、是非、ご覧ください。

https://www.jpnsh.jp/info_movie02.html

 

高血圧に関するデータについて

 

 最近のガイドラインは、Minds診療ガイドライン作成マニュアルなどに準拠し、エビデンスを重視して策定されています。

 数多くの大規模研究が報告されていますが、多すぎて、把握するのも大変です。以下のサイトには、代表的な研究成績が掲載されており、大変役に立ちました。

 

循環器疫学サイト

http://www.epi-c.jp/

 

糖尿病トライアルデータベース

https://www.ebm-library.jp/diabetes/contents/detail_accord.html

 

 また、今回の高血圧治療ガイドラインの改訂のきっかけになった、SPRINT試験は、以下のサイトで関連文献を見ることができます。このサイトの素晴らしいところは、許可を得ればdatabaseそのものにアクセスができ、独自の視点で解析をすることも可能な点です。

 

NIHBioLINCC

https://biolincc.nhlbi.nih.gov/home/

 

 日本の代表的な健康に関する疫学データは国民健康栄養調査(厚生労働省)です。高血圧関連の表は複数ありますが、生データをみることはできないので、政府の独自解析データを間接的にみることになっています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/h29-houkoku.html

 

日本女性の高血圧の疫学

 2017年の国民健康栄養調査のデータによれば、高血圧(140/90mmHg以上)の率は、60歳未満では男性の約半分ですが、その後急激に増加していき、70歳以上では7割が高血圧です。

ちなみに、この調査は、20135人(男性64人、女性71人)、30259人(94人、165人)、40400人(128人、272人)、50440人(166人、274人)、60758人(341人、417人)、70歳以上1124人(500人、624人)、40~74歳(823人、1216人)、65~74867人(385人、482人)、75歳以上683人(312人、371人)が対象になっています。性年齢の分布が不均一なので、国民の代表調査といってよいかどうかは微妙な気がしますが、経年分析もほとんどこの調査に基づいてなされています。70歳以上、75歳以上のまるめデータが提示されていますが、今後、超高齢社会に入り、高齢者の定義も変わってくることが予想され、5歳刻みの生データの掲載を期待したいところです。

 

 

 この調査と2017年の人口統計を合わせて、高血圧人口を推計してみました。高齢者には女性比率が高いので、70歳以上では1038.7万人の女性が高血圧であることがわかります。驚くべき数字です。

 女性は若年時には、むしろ低血圧気味です。何となく自分は血圧大丈夫、と思っていると閉経後、急激に高血圧になってくるので注意が必要です。

 

 

何故、閉経後に血圧が上がるのか

 エストロゲンには、血管内皮のNO産生を促進する、アンギオテンシノーゲンを増加させ、AT1受容体発現をダウンレギュレーションし、ACEを減少させる、などによりレニン・アンギオテンシン系を抑制する、血管リモルディング(炎症などの刺激により血管の形状や機能が変化し、結果的に動脈硬化や内腔狭小を起こすこと)を抑制する作用があります。更に、抗酸化作用による血管障害の保護、交感神経活動の低下、腎保護などの作用があります。 

また、エストロゲン低下により、脂肪の分布が皮下から内臓脂肪にシフトし、アディポカインが増加する、脂質代謝にも変化が起こり、動脈硬化が進展することも原因の一つでしょう。

 女性ホルモンの低下に伴い、交感神経の亢進が起こり、睡眠障害やメンタルが不安定になることも関係していると考えられています。

もう一つの女性ホルモン、プロゲステロンについてはエストロゲンほど詳しくわかっていませんが、血管内皮依存の血管拡張作用があることがわかっています。

男性ホルモンと称されているアンドロゲンは女性も産生しています(男性もエストロゲンを産生しています)。アンドロゲンの血圧に対する影響は昇圧、降圧作用もあり、他のホルモンとのバランス、性年齢にも関わっているようですが、十分解明されていません。

 

閉経後の経口避妊薬は血圧をあげ、また凝固を促進する可能性があります。ホルモン補充療法(HRT)に関しては、閉経直後からの使用はCVDイベントを下げることがわかっていますが、閉経して時間がたってからの使用は逆にリスクを上げると報告されています。ただし、HRTに使用される薬剤によっても効果が異なることもわかっており、高血圧に関しては一致した見解は得られていません。

 

また、妊娠中に子癇前症を発症した女性は、高血圧発症が約2.7倍、虚血性心疾患・脳卒中・静脈血栓症が約2倍多いと報告されています。

 

男女で高血圧の薬の効果は異なるのか?

 女性は利尿剤やCa拮抗薬が男性より効果がある、と言われていましたが、以下の論文では、利尿剤、Ca拮抗薬、ACEARBでは効果に性差はなかった、と報告されています。

 

Turnbull F, Woodward M,et al. Do men and women respond differently to blood pressure-lowering treatment? Results of prospectively designed overviews of randomized trials.

Eur Heart J. 2008;29(21):2669-80.

 

 2018年に出された以下の論文は、SPRINT試験にも言及しており、良くまとまっています。利尿剤は骨粗しょう症を伴う閉経女性にはより効果的である、Ca拮抗薬は脳卒中予防により効果的である、とされています。

 また、女性の方が、副作用が多い事にも言及しており、ACE阻害薬の空咳、Ca拮抗薬の末梢性浮腫、利尿薬の低カリウム、低ナトリウム血症も男性より起こりやすいとされています。

Abramson BL,Srivaratharajah K, et al. Women and Hypertension: Beyond the 2017 Guideline for Prevention, Detection, Evaluation, and Management of High Blood Pressure in Adults. Cardiology. Jul 27, 2018  

https://www.acc.org/latest-in-cardiology/articles/2018/07/27/09/02/women-and-hypertension

 

■SPRINT試験とACCORD試験における性差

 SPRINT 試験は、50歳以上の収縮期血圧130~180mmHgで、心血管疾患リスク因子を1つ以上もつ9361例(女性3372例)で、糖尿病と脳卒中は除外した人を対象に、厳格降圧群(目標収縮期血圧120mmHg未満)と標準降圧群(目標140mmHg)を比較する試験です。一次エンドポイントは心筋梗塞、その他の急性冠症候群、脳卒中、心不全、心血管死の複合エンドポイントでした。

 

SPRINT Research Group, Wright JT Jr, Williamson JD, et al. A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med. 2015;373(22):2103-16.

 

 この研究では、血圧の測定の仕方に特徴があり、診察室の自動血圧計で3回測定して、平均値をとる、という方法(AOBP)をとっています。一般的に診察室血圧の方が家庭血圧よりも高い事が報告されており、AOBPがどちらに近似しているのかは不明です。目標値120mmHgが家庭血圧に近ければまあまあ、なのですが、診察室血圧に近ければかなり厳密な降圧ということになります。

 より下げた方がイベント発生率は低いので、低い方がよさそう、ということはわかりました。特に75歳以上、もともとの血圧が低めの方が良い結果がでています。よく見ると、男性はHR 072(95%CI 0.59-0.88)で有意な低下なのですが、女性はHR 0.84(95%CI 0.62-1.14)で今一つはっきりしませんでした。明確な男女差はない、とされています。イベント減少の中で特に有意だったのは心不全で、冠動脈疾患や脳卒中は有意ではなかったので、利尿剤の有無が関係しているのではないか、と考えている研究者もいます。女性だけのデータ解析を期待したいところです。

 一方では厳格降圧群の方は、低血圧、失神、電解質異常、急性腎障害・腎不全が有意に多かったと報告されており、注意が必要です。

 

ACCORD BP試験は、2型糖尿病患者に厳格降圧によって、心血管イベント減少効果があるかを確かめる試験でした。厳格降圧群は収縮期血圧<120mmHg、標準降圧群は<140mmHgを目標にしました。結果は、厳格血圧コントロール群の死亡率が有意に高かったため、早期に中止されました。原著論文には男女差は言及されていませんでした。

ACCORD試験は、血糖の厳格コントロールと標準コントロールの比較も行われていたので、その二群を分けて、更に降圧の厳格コントロールと標準コントロールで比較した論文がありました。

厳格糖尿病コントロール群では、降圧の差が見られなかったのですが、標準糖尿病コントロール群においては、厳格な血圧管理群の方がイベント、特に脳卒中が抑えられていることがわかりました。

あまりにも厳しい血糖コントロールは低血糖や血糖の乱高下を招き、却って死亡率を高めてしまい、降圧の効果が相殺されてしまう、という事かもしれません。

 この論文では、性別の解析がされており、男性はHR 0.71(95%CI 0.52-0.97)、女性 0.70(95%CI 0.47-1.03)で明らかな性差なし、結論になっていました。

 

Tsujimoto T, Kajio H.Benefits of Intensive Blood Pressure Treatment in Patients With Type 2 Diabetes Mellitus Receiving Standard but Not Intensive Glycemic Control.

Hypertension. 2018;72(2):323-330.

 

 

 

循環器疾患のリスクを知るためには

 何故か、国立がんセンターのサイトに循環器疾患のリスクチェックがあります。

性年齢、身長・体重、喫煙歴、血圧や脂質、糖代謝などのデータをいれると、脳卒中、脳梗塞、心筋梗塞のなりやすさや、血管年齢が出てきます。

 是非試してみてください。

https://epi.ncc.go.jp/riskcheck/circulatory/

 

 荒木労働衛生コンサルタント事務所所長 荒木 葉子

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