今回は山口大学医学部附属病院 女性診療外来 松田昌子先生の投稿です。
女性外来を受診される方の中には「冷え」を訴えられる方が少なからずおられます。
今も思い出すのは10数年前、女性外来開設後間もなく受診された60代の方です。
もう春というのに、上はアンダーシャツ2枚にセーター類3~4枚、下は厚手のレギンスとフリースのパンツ、靴下は3枚という出で立ちで、とにかく「体が冷え痛む」ため家事をするのも苦痛で、旅行などほとんどできないという具合の方で、まともな生活はできない状況でした。
運動すると少し冷えが改善されるため、毎朝、2時間のストレッチ体操を繰り返しておられました。何カ所も医療機関を受診し、器質的な異常は除外され、セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)に加え、種々の薬を処方されたようですが効果はいまひとつで、当院に来院されました。
漢方薬やカウンセリングで経過観察していましたが、遠方の方で通院が難しく、私自身の女性外来での経験も浅く、不満足な状況で診療を中断せざるを得ませんでした。1年後に電話連絡したところ、向精神薬や理学療法で症状はある程度改善しているがまだ通常の生活はできていないとのことでした。
寺澤は、冷え症を「通常の人が苦痛を感じない程度の温度環境下において、腰背部、手足末梢、両下肢、あるいは全身的に異常な寒冷感を自覚し、この異常を一般的に年余にわたってもち続ける病態」と定義しています。
つまり、自覚症状の程度で冷え症か否かが決まるわけです。
西洋医学の教科書にはこのような病態の記載はなく、欧米の医師数人に聞いてみたのですが、皆、一様に怪訝な面持ちでそのようなものはないと言っていました。生活環境や食生活、あるいは人種の違いによるものか、あってもそれを病的と認識していないだけなのか、理由はよくわかりませんが、冷え症はアジア人特有のものなのかもしれません。
数年前、私たちは成人男女700名余りを対象に冷え性に関する調査をしたのですが、寺澤や坂口の診断基準に従って分類すると、男性の10%、女性の55%が冷え性に分類され、予想通り女性に圧倒的に冷え性が多いことがわかりました。
冷え性の女性は、やせ型が多く、運動習慣のある人は少なく、母親や姉妹も冷え性の人が多く、遺伝的な関与もありそうです。
冷えを感じる部位は足や手が圧倒的に多かったのですが、中高年になると腰や体幹部が増えてくるというのは、臨床現場で感じていたことを裏付ける結果でした。冷え性の代表的な症状は肩こり、不眠、頭痛、月経不順や月経痛でした。
冒頭に挙げたような重症の冷え症の人は多くはありませんが、前述の調査結果でもわかりますように、冷えは女性の日常生活に不愉快な影響をもたらします。
“冷え”を訴える疾患には、代謝性疾患、循環器疾患、内分泌疾患など幅広い領域の疾患がありますが、冷えを主訴に女性外来を受診する患者さんは、それらの器質的疾患とは関係のない、血管の収縮・拡張を調節する自律神経の機能異常によるものが大半だと思います。
多くの冷え症の症状は、体温を調節する自律神経機能の異常によってもたらされる循環障害が重要な役割を果たしますが、皮膚の温度(体表面の温度)とその人が感じる冷えの程度は必ずしも一致しません。一方、体の深部体温(体の中心部の温度で、核心温度とも呼びます)は冷え症の有無にかかわらずほぼ37℃に保たれており、この深部体温を一定に保つために、皮膚も含めた全身への血流は調節されています。
そこで中心的役割を果たすのが自律神経ですが、体温調節は思いのほか複雑な仕組みでなされています。
上記のような冷え症の病態を考慮して予防や治療を行いますが、まずは、薬物以外の方法、生活習慣や体質の改善のために、体を温める食べ物・食材の摂取、体温を逃がさない服装、1日30分程度の有酸素運動(自律神経機能を安定させます)、ぬるめのお湯で10~15分以上の入浴(体表面だけでなく、深部体温を上昇させるには10分以上の長めの入浴が必要です)などを勧めています。
薬物治療では、器質的基礎疾患がない場合、西洋薬には使えるものが少なく、一方、選択肢の多いのが漢方薬です。
【重症の冷え性の女性の診察事例】
重症の冷え症で、漢方薬が著効した患者さんの症例をご紹介します。
64歳女性。
既往歴はとくにありませんでした。
調理師の仕事に十数年携わったのち、60歳で退職。
退職前後より、体幹部、項部~肩に強い冷えを自覚するようになり、ほぼ同じ時期より、回転性めまい、動揺性めまい、軟便が出現したそうです。
冬期には何枚もの着衣で防御し、夏は暑くても冷房の効いた部屋では過ごせない状態でした。エアコンのきいた乗り物には一切乗れなくなり、旅行にはほとんど行かなくなっていました。他院で、冷えとめまいそれぞれに種々の漢方薬を処方されたのですがほとんど無効で、途方に暮れた状況で夫とともに来院されました。
私自身、症状を聞き、処方歴を見て、冒頭に挙げた患者さんのことが一瞬頭をよぎり、漢方ではだめかもしれない、と思いかけた時、ちょうど漢方セミナーに参加する機会に恵まれました。
患者さんには「偉い先生に相談してくるから」と待ってもらうことにし、タイミングよく木下優子先生に相談できたのが、本当に幸運でした。冷えが体幹部だということを伝えると、即座に「苓姜朮甘湯」だと言われたので、早速戻って処方しましたところ、次の診察日に入ってこられた患者さんの顔の表情がそれまで見たこともないほど明るく、効果を即座に確信しました。
さらに、定期的なウォーキングと長めの入浴を併用してもらい、しばらくすると冷えはもちろん、めまいも軟便もほぼ消失してしまいました。
たった一つの薬でこれだけ劇的に症状が改善するのだと、改めて漢方薬のありがたさを実感しました。これ以降、中高年の方で体幹部の冷えを訴えられる方に苓姜朮甘湯を使ってみるのですが、効いたと実感することが多い方剤です。
山口大学医学部附属病院女性診療外来
医師 松田昌子
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