女性外来の診察室から

No.12 胸痛を訴える女性患者の診察における留意点

今回は、熊本大学循環器内科 河野宏明教授の寄稿です。

教科書では、“胸痛”は狭心症、急性心筋梗塞、解離性動脈瘤、肺梗塞など重篤な循環器疾患の初発症状として記載されている。

 

しかし、これら疾患において、患者が症状を胸の“痛み”として自覚することは意外に少ない

 

実際には“胸が締め付けられる”、“胸が重くなる”などの訴えが多く、それ以外にも、“胸焼け”や“吐き気”などの消化器症状、“のどの痛み”、“あごの痛み”、“歯の痛み”や“肩の痛み”などの症状を伴うことがある。

 

特に高齢者や糖尿病患者の場合、狭心症発作が呼吸困難として出現したり、心筋虚血が生じても自覚症状が皆無のこともある。問診の際、「胸が痛いですか?」といった風に、“胸の痛み”を強調しすぎると、正確な病歴を聴取することはできない。

 

女性の虚血性心疾患は、典型的な症状を示すのではなく腹痛や息切れなどの非典型的な症状で発症することがあり注意が必要である。

 

循環器疾患を疑って問診する場合は、“胸痛”を絞扼感(*こうやくかん:しめつけられる感覚)、圧迫感、苦悶感など胸部症状の集合体として認識する必要があり、循環器疾患といえども消化器症状など他の症状を伴う場合もあることを常に頭に入れておくことが大切である。

 

心臓以外に胸痛の原因がある場合、その原因は食道が最も多い

胸痛を主訴として受診する患者の60%は食道を含む消化管の異常があり、虚血性心疾患は14%であったと報告している論文もあるほどである。

 

食道に原因がある胸痛は、激しい痛みが数時間持続したり、夜間の痛みによって覚醒したりすることもある。

食道痛の原因として、食道運動異常、胃食道逆流(gastro-esophageal reflex: GER)や食道の知覚異常が挙げられる。

検査としてはバリウム使用の放射線検査、食道内圧測定、24時間食道pHモニター、酸やエドロフォニウムによる誘発試験などがある。食道痙攣にはCa拮抗薬、GERにはプロトンポンプ阻害薬が有効である。

 

その他、器質的な(*特定の器官に病変がある)胸痛の原因が無い場合、神経症(心臓神経症)と診断されることが多い

このような患者は胸痛に加えて動悸やめまいなど、他に多くの愁訴を持っている場合が多い。この場合、主治医としては、様々な検査を行って異常が見つからなかったため、安心してしまう向きがあるが、患者にとっては、症状は全く変わらず続いており、それに耐えて日常生活を営んでいるのが現状である。

このような症例に対して抗うつ剤を投与することもあるが、特にセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が有効であるため、試してみる価値は十分にあると思われる。

 

その他、更年期に関係した症状である可能性があり、HRT(*ホルモン補充療法)を行うと症状の改善を認めることがある。胸痛を主訴とする神経症(心臓神経症)や更年期障害の場合、精神科や心療内科、産婦人科を受診することは少なく、内科や循環器科を受診する事がほとんどである。実際、神経症と思って精神科受診を進めてもなかなか患者は行きたがらない。

 

勿論、患者が外来を受診した際、器質的な病変について詳細に検査することは言うまでもないが、器質的病変がなくても患者のquality of lifeを向上させるような治療を考慮することが、これからの内科医や循環器科医にも重要なことではないかと思われる。

 

執筆者: 熊本大学循環器内科 教授 河野宏明

 (*は編者注)

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