
<はじめに>
下記に紹介するコラムを執筆してくださった看護師の松本朋子さんは、私が院長を務めていた桜医院のスタッフの一人です。アロマセラピストとしての資格も有する彼女が、ハンドマッサージをしながら、優しく丁寧に患者さん達の話しに耳を傾けてくれた時間は、当院の患者さん達の心をどれほど救ってくれたかわかりません。松本さんは、家族を亡くした人の悲しみと苦悩を理解し、それを癒すためにはどうしたらよいかを学ぶ「グリーフケア」を、上智大学と東北大学の2つの大学の専門講座で学び、桜医院での現場業務の中でも、その学びを深め、また実践してくださった方でした。今回はそんな彼女に、「グリーフケアとは?」、また「それを医療現場でどう生かすべきか?」について、コラムの執筆を依頼しました。彼女の生の声を、皆さま、どうぞじっくりお読みくださいませ。
(注:「桜医院」は2025年5月に閉院しています)
**元桜医院院長 柴田美奈子**
看護師の松本朋子と申します。私は、2024年4月から上智大学グリーフケア人材養成講座を受講し、2026年3月に修了しました。
## 1.「グリーフケアを学んで」
上智大学グリーフケア人材養成講座は、2005年のJR西日本福知山線で発生した列車脱線事故のご遺族が抱える悲嘆や苦悩を理解するための公開講座を前身とした、グリーフケア・スピリチュアルケアを提供できる人材を養成するためのプログラムです。かつては大家族や地域社会・伝統文化の中で、大切な人を失った悲しみや苦悩が癒される仕組みがありましたが、人間関係が希薄化し、効率性・利便性が重視される現代社会では、悲嘆とどう向き合えばよいか、わからない人が増えており、グリーフケアの必要性が高まっています。この状況を反映して、この講座の受講希望者は増えていますが、その一方で、グリーフケア・スピリチュアルケアは一般的にはまだ十分に知られていないのが現状です。
受講生は、医療・福祉・教育・宗教など、主に対人援助に携わる人、また自身の喪失体験から「同じように悲嘆を抱えた人の役に立ちたい」という思いがあって受講する人など、多岐にわたります。
私の受講動機は、看護師として勤務する中で、患者さんから「死にたい」「ざわざわするけどどうしたらよいのか」と訴えられた際に、戸惑うばかりで表面的な対応しかできず、どのように向き合えばよかったのか、という疑問がずっと自分の中にあったこと、また死に向き合った人に死生観や宗教・葬送儀礼はどんな役割を果たすのかを知りたいと思ったことがきっかけでした。
この講座で学ぶグリーフケアは、主に傾聴に基づくアプローチです。傾聴者のあり方、傾聴することにより、「支える」ということがどういうことなのかを理解するために、カリキュラムに基づいたテーマに沿って、私たち自身が「語る」「聴く」双方の体験をし、グループワークを重ねます。最初は傾聴を学ぶために、「なぜ自分が語らなければならないのか?」という疑問がありましたが、ワークを重ねるうちに、次のような目的が徐々に理解できるようになりました。
- 傾聴を学ぶ私たち自身が語る側に立つことで、感情を語るのはどのようなことなのかを理解する
- 感情を共有することで他者との感じ方の違いを実感し、自分のフィルターや先入観に気づく。それが他者の尊重にもつながる
- 語ることにより、意識・無意識の自身の価値観、自分がどうしたいのかが明確になる
ケア者として「自分自身を見つめる」ために必要なグループワークであったと実感しています。
ケア対象者は、喪失の経験やそれに伴う感情を言語化して語ることで、それらを整理できます。そして、誰かが聴いてくれているという対話のプロセスが、「自分自身で」新たな見方・視点を見出していく、意味づけしていくことにつながります。
知り合いの女性が子どもを亡くしたグリーフを語る中で、凛とした口調で「自分のグリーフは一生消えないし、消したくない。抱えながら生きていくのだろうと思う」と語っていました。彼女が自分の思いを言語化し、他者に語ることで、気持ちを整理し、前に進もうとしていることが伝わってきました。ケアの目的は、解決法を提案し、ポジティブに変換させ、グリーフをなくすことではありません。グリーフとうまく付き合いながら生きていくこと、いわばセルフケアをお手伝いすることです。
ケア対象者が感情を言語化しながら方向性を見出していくのを、私たちは見守る、伴走する。それがグリーフケアです。一人ではできない作業であり、傾聴は対話なのです。
講義の中で、近代ホスピスの母シシリー・ソンダースの言葉「Not doing, but being」(そばにいるだけでよい、何もしなくても黙って座っているだけで意味はある)がよく引用されました。タッチングに心がこもっているかいないかが伝わるのと同じように、心を傾けて聴いていることがケア対象者に伝わることで、傾聴がケアとして成立するのです。以前は、看護師として働く中で、提案や方法論を提供することが自分の役割と感じていましたが、ケア対象者は提案や方法を聞きたいわけではなく、自分の思いを語らずにはいられない、ただ聴いてもらいたいのだということ、それが気づきにつながることもあるということが、ようやくわかるようになりました。
また、グループワーク以外の講義(死生学・宗教学・倫理・芸術など)では、思想・宗教・伝統・文化の歴史性・多様性に注目しつつ、それらを背景に行われるグリーフケアの特徴や課題などを体系的に学ぶことができました。2年課程を修了したから、「うまく」グリーフケア・スピリチュアルケアができるわけではなく、今でもケア対象者を前に、よい方法や提案を考えている自分に気づくことがあります。ケア対象者に心を寄せられているかをその都度問いながら、この学びで得たものを糧に、自分だからこそできるグリーフケアを提供していきたいと思っています。
※グリーフやスピリチュアリティという言葉は、文献や講師によってさまざまな表現や定義がされています。講義や文献で得た知識のなかで、私が理解した定義や説明を示します。
**『グリーフ』**
死別に限らず、大切な人・もの・事柄を失うことで起こる悲しみ、怒り、虚無感、後悔、許せない気持ち、うつうつとした気持ちなど、多様な感情を指します。例えば、脳梗塞により右半身に麻痺が残ってしまった、災害により家や車を失った、母親の形見を紛失してしまったなど、死別以外のことから生じる感情もグリーフです。グリーフは必ずしも悲しみにとどまらない、多様で誰もが持ちうる感情です。
**『スピリチュアルペイン』**
「何のために生まれてきたのだろう」「もう生きていたくない」「どうして自分が病気になってしまったのか」とスピリチュアリティが揺らぎ、自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛を指します。治療で解決することのできない問い・苦痛です。
**『スピリチュアリティ』**
霊性と訳されますが、スピリット=「魂」という意味から、「魂の性質」と考えた方が私たち日本人にはわかりやすいかもしれません。具体的には、信仰・価値観・文化・日常など、生きている意味や目的に関わるような「自分たらしめている要素」ともいえます。
(日本ではスピリチュアルというと、TV番組「オーラの泉」に出演された江原さんなどが連想されると思います。これらは本来はサイキック(霊媒師、超常的な力を備えた人、超常的・超自然的な)であり、スピリチュアルとは区別する必要があります。スピリチュアルがやや「胡散臭い」ものと思われるのは、世界のなかでも日本だけのようです。)
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## 2.「桜医院での勤務」
上智大学でのグリーフケア人材養成講座受講開始とともに、墨田区のクリニック「桜医院」に入職させていただきました。
桜医院を紹介され、初めて「女性専用外来」という診療形態があることを知りました。桜医院の診察室は完全個室・完全予約制で、初診時は1時間かけて診察し、2回目以降も診察時間は30分設けていました。診察や処方だけでなく、運動療法・栄養指導も丁寧に行っており、疾患だけでなく患者全体を診るという方針でした。診察を終えた患者さんからは、話を聞いてもらえた安心感・満足感がうかがえ、運動療法後はリフレッシュした表情がみられました。患者層は40〜50歳代が中心で、比較的社会的地位があり、一見すると安定した生活を送っているように見られる女性が多く、それであっても、深刻なグリーフやスピリチュアルペインを抱えている女性が多いことに、最初は驚きました。患者によっては、柴田院長の診察はほぼグリーフケアのようだと感じ、勤務を開始した当初は、その診察スタイルに衝撃を受けました。今までの病棟勤務のなかでは、そのような医師に出会ったことがなかったからです。柴田院長ご自身は、グリーフケア・スピリチュアルケアという意識はなくとも、診察のなかで当たり前のようにそれを実践されていたのです。
2025年に閉院が決まった際は、多くの患者さんがショックを受け、中には涙を流す方もいらっしゃいました。私は、患者さんたちにとって桜医院がどういう存在だったのかを具体的に知りたいと強く思い、柴田院長に了承をいただいたうえで、患者さんにアンケートを実施しました。
アンケートの回答を一部抜粋します。
**・診察について**
「診察していただくと安心して気持ちも軽くなりました」「とてもよく話を聞いていただき、メンタルケアもよくしていただけた」「話をすごく聞いてもらえました」「体調以外のこと(仕事や親のこと)など、話を聞いてもらえたことで楽になることもあった」「時間をたっぷり使って、体だけではなく心の診察もしていただきました」
**・治療について**
「きめ細かい治療(患者のことをよく考えていただいて、性格も押さえてくれた)」「なかなか運動ができなかったのですが、根気よくご指導くださり、少しずつですが運動への意識が高まりました」「食事のことや生活習慣・飲み物まで詳しく教えていただいてわかりやすかった」
このことからも、疾患や症状以外のことも含めて丁寧に診察してもらったこと、投薬だけではなく生活全般の改善を目指した「個別性」を重視した治療に、患者さんたちが満足感を得ていることがわかります。
「人間を感情・精神・身体・環境の総体として捉え、生きづらさを抱えている人に誠実に心を寄せることで、ケアの対象者が希望を持って自分らしく生きることを支えようとするケアであり、ケアの提供者とケアを受ける人、双方の人格に基づく個性的かつ双方向的なケア」——これは、ある教授が講義のなかでスピリチュアルケアについて説明した言葉で、私のなかで最も印象に残っています。この言葉と、柴田院長の診察・患者に対する姿勢が、私のなかでぴたりと重なりました。私にとって桜医院は、グリーフケア・スピリチュアルケアが実践されている場であり、桜医院で勤務できたことで、気づきを得、学びを深めることができた貴重な時間となりました。
2024年度は上智大学グリーフケア人材養成講座と東北大学臨床宗教教養講座とのダブル受講であったため、講義・スクーリング・レポート提出など、想像以上に多忙でしたが、柴田院長に「学業優先でよいですよ」と勤務調整をしていただき、両方の講座をなんとか修了できました。温かく応援していただいた柴田院長とスタッフへの感謝の念は、今でも絶えません。
***東北大学 臨床宗教教養講座**
スピリチュアルケア、グリーフケア、死生学、臨床宗教師について実践的な視点から学ぶ、通信教育とスクーリングによる1年コースです。2012年、東日本大震災を機に養成が開始されました。医療・福祉関係者、社会貢献を目指している者など、宗教者以外でも受講できます。
***臨床宗教師**
布教・伝道を目的とせずに、被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間で心のケアを提供する宗教者です。欧米のチャプレン(教会や寺院に属さず、施設や組織で働く聖職者)をモデルにした、日本版チャプレンともいえます。
元桜医院 看護師 松本朋子
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