女性外来の診察室から

第104回 「女性の心電図は噓つき!?」

私は大学勤務中、附属病院の心電図のオーバーリードを20年近く続けてきました。そこで心電図の性差に興味を持ち、心電図や不整脈の性差に関する研究を継続して行ってきました。
現在勤務しているクリニックでも、健診の心電図のオーバーリードを担っています。企業の職場健診や人間ドックが主体ですので、比較的若年~中年(20~50歳代)が対象となります。毎年同じ施設で継続して健診を受けているので、心電図の経年変化を検討することが可能です。ここでも興味深い発見がありました。
その一つが、健常者のST-T変化、すなわちⅡ、Ⅲ、aVF、V5,6誘導における1mm以上のST低下やT波の陰転化の所見です。問診、現病歴・既往歴、他の健診データから心疾患の可能性が低いと考えられる受診者にも表れます。心電図判定では、精密検査の指示を出しますが、多くは無症状で心エコー上も異常がなく、いわゆる「非特異的ST-T変化」として経過観察となります。
このようなST-T変化は男性より女性に多く、20歳代の若年者から50歳前後の更年期女性まで幅広い年代で観察されます。もちろん無症候性の心筋虚血による一過性の心電図変化の可能性を完全には否定できません。しかし、喫煙習慣のない低リスクの若年女性でも、健診を受けた年によって心電図にST-T変化が現れる場合があります。その原因について考えてみたいと思います。
私は以前、健常若年者を対象に、自律神経による再分極過程の変化の性差について研究しました。すなわち、イソプロテレノール静注前後の心電図を連続記録した結果、女性は男性に比し、経時的にT波形やQT時間がダイナミックに変化することを報告しました(Nakagawa M. et al. J Cardiovasc Electrophysiol, 2005)。つまり、女性においては自律神経、特に交感神経の緊張が心電図波形に影響を与えることが示唆されました。性差の原因としては、性ホルモンによる心筋イオンチャネルへの影響が考えられます。
俗に“女性の心電図は噓つき”と言われています。女性は性成熟期には月経周期や妊娠・出産により、また更年期や閉経期にも女性ホルモンレベルが急激に変化します。当然それに合わせて心臓の電気生理現象もめまぐるしく変化していると想像されます。女性の身体は、そのような変化に柔軟に(しなやかに)対応できるように作られているのでしょう。嘘つきと言われても仕方ありませんね。

医療法人親愛 天神クリニック 中川幹子

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