女性外来の診察室から

第103回 臨床医の社会的役割

昨年5月にCovid-19感染が5類に指定され、学会も対面開催に戻ってきた。コロナ禍の3年間に生まれた新しい交流の一つとして、学会のリモート参加やWeb会議は、多忙な医療現場の効率化に寄与することになった。しかし現地開催での対面による情報交換は、意外な出会いから大いなる産物となることも確かである。
 第17回日本性差医学医療学会は井川房夫理事が主幹し広島市で開催された。北海道は雪で航空機ダイヤが乱れる真冬の季節であるが、運よく開催日前日に予定通り到着できた。広島市文化交流会館に隣接する会長招宴会場までゆっくり歩き、元安川にかかる橋を渡った。少し離れた原爆ドームに目をやりながら原爆投下の景色を想像した。今まさにウクライナやガザなど世界各地で起こっている戦争や紛争で失われる多くの子どもたちの姿と重なり、足取りが重くなった。
 会場に着くと一転、エネルギーに溢れた若い脳外科の先生たちからの波動を受け、モードチェンジできた。そして、国立成育医療研究センター母性内科の荒田尚子先生と隣席でお話できたことが大きな収穫となった。
 我々医師たちは日々の臨床の中で、患者一人ひとりに保険診療内で適正な処方や手術を選択している。しかし、時に理不尽とも思えるレセプトの査定や返戻に困惑しながら傷病詳記を書くことがあるのではないだろうか。 私の外来には20人ものターナー症候群(TS)の女性たちが受診している。ターナー女性たちは小児期には低身長に対して成長ホルモン療法を小児科で受け、思春期以降はホルモン補充療法が必要になるため婦人科に通院しなければならない。
 TSは出生女児1000〜2500人に1人の頻度で発生する、X染色体の全体または一部の欠失に起因した疾患である。出生児は平均身長より2cm低く、翼状頸など特徴的な身体所見が認められる。3歳位から身長の伸びが小さくなり、成長ホルモン療法で低身長を治療する必要がある。移行医療として婦人科を受診してからは、卵巣機能不全による低エストロゲン状態に対するホルモン補充療法を継続しながら、全身管理が必要となる。骨粗鬆症、糖尿病、甲状腺機能障害、大動脈縮窄症や僧帽弁逸脱、大動脈二尖弁などの心・血管系障害、腎血管系の奇形などの合併症があり、ADHDの頻度も高く、学校生活、社会生活を送る上での支援も必要になってくる。
 性線機能低下症、原発性卵巣不全による低エストロゲン症の保険適応を持つ天然エストラジオール経皮吸収剤であるエストラーナテープがホルモン補充療法として使用される。20代女性の適正な血中エストラジオール濃度は、更年期女性の濃度をはるかに上回るため、添付書にも「1枚貼付から開始し、血中エストラジオール濃度を測定しながら増減する」と書かれているにも関わらず、当地の保険審査では更年期障害の適応処方と同量しか認められていない。不足分を自費で補填しているのが現状である。
 「女性の健康」ナショナルセンター機能を国立成育医療研究センターに置き、女性の健康に関わるエビデンスの収集・情報提供を行う仕組みを構築する政府方針が2023年11月、厚労省・厚生科学課から示された。症例数の少ない疾患に対する理解が少なく、不利益を被っている患者は多い。臨床現場から「女性の健康」ナショナルセンターに発信すべきなのではないかと考えていたところ、今年の性差医学医療学会で荒田先生とお話できたことは、絶妙のタイミングだった。
 米国の大学に通う患者から「月経困難症の女子学生は大学の保健管理センターから無料でピルをもらうことができるので、日本での処方は不要」と聞いた。性別に拘らず全ての能力を貴重な人的財源として社会を構築する時に、個別の理解と支援が必須である。「女性の健康」ナショナルセンターがこの突破口として機能するために、臨床現場と太いパイプを持ち、スピード感を持ち現状改革をしていただけるよう期待したい。社会保険と国民健康保険の審査員の判断が異なったり、都道府県による差異も際立ち、標準化に向けた改正が進められていると聞く。

時計台記念病院 院長 女性診療科部長 藤井 美穂

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