女性外来の診察室から

第84回 冷え症の治療により気力が回復した症例

今回は和歌山労災病院女性外来担当の辰田仁美先生からの寄稿です。

女性外来を受診する患者の主訴や症状は多種多様です。漢方治療を行う時に症状を詳細に聞いて、気血水、六病位、表裏寒熱などを考慮して処方を決定しています。今回は本人の主訴から処方を決めましたが、なかなか症状が改善せず苦労した症例を報告します。

 

主訴:気力が出ない、頭痛

既往歴:60歳 腰部脊柱管狭窄症

現病歴(本人の訴え):10代より頭痛があり、ロキソプロフェンやジヒデルゴットを服用し、年齢とともに頭痛はやや改善傾向である。

結婚後、夫とうまくいっていなかったので一人娘が結婚した時はかなり落ち込んだ。4年前に夫が死亡し、一時娘夫婦と同居したが、その後娘が離婚した。娘は近くに住んでおり週に1回程度会っているが、独り暮らしで健康面・収入面に不安がある。

2年前から気分的に落ち込んで、近医よりトレドミン(SNRI)の処方を受け、不眠に対してゾルピデムを服用している。

腰部脊柱管狭窄症のため、下肢・足先の冷え、しびれがある。

最近気力が出ず、頭痛も持続しているので、漢方治療を受けたいと女性外来を受診した。

西洋医学的身体所見:身長155㎝ 体重47Kg

 胸部異常なし

 下腹部に帝王切開に手術痕あり

東洋医学的身体所見:中背やや痩せ型

脈候 沈・弱

舌候:歯痕(-) 舌下静脈怒張(-)白色苔(-)

腹候:腹Ⅱ/Ⅴ 胸脇苦満(-)

   小腹不仁(+) 瘀血圧痛点(-)

東洋医学的には、虚証、気滞・気虚・血虚、腎虚と考えました。

 

気滞の治療薬としては、木香・枳実・香附子・厚朴・檳榔子・陳皮・柴胡があり、これらを含む方剤として、香蘇散、半夏厚朴湯、女神散、柴胡加竜骨牡蠣湯などがあります。

 この患者さんは、咽頭部違和感(喉のつかえ、梅核気)や胸脇苦満が見られなかったので、半夏厚朴湯、柴胡加竜骨牡蛎湯は選択せず、のぼせなど気逆の所見も見られなかったので、女神散も候補から外れました。

 初回は香蘇散(2.5g×3包/日)としびれに対してプレガバリン25㎎を処方しました。

3週間後の受診時には「漢方時々忘れるが、朝まで眠れるようになった。気鬱が取れない。」とのことで、腹診をすると、腹力Ⅱ/Ⅴ、下腹部の腹直筋の緊張(小腹弦急)があり、臍上悸触知しましたので、桂枝加竜骨牡蠣湯( 2.5g×3包/日)+プレガバリン25mgに変更しました。

 6週間後に来院時には、頭痛・手首のむくみは改善しました。しかし、本人としては「やる気が出ない」ということが一番つらいとのことでした。頭痛やむくみが改善しているので、同じ処方を続行しました。

 約半年経過し、寒くなり、気力は出ないままで、体中が冷たく、腰痛・左背部痛ありなど冷えの症状が出てきました。また頭痛や肩こりが再燃し、雨の日に痛みが強くなりました。

 この時の東洋医学的診察所見は、舌証:やや肥大、歯痕軽度、脈候:沈・細、腹証:腹力Ⅱ/Ⅴ 上腹部より下腹部がかなり冷たく、小腹不仁を認めました。腎虚と考え、八味地黄丸を追加しましたが、改善しませんでした。

 ご本人の希望は気力の充実でしたが、この症例では気虚よりも冷え症を改善する方が良いと考え、水毒+裏寒を治す方針に切り替えました。漢方薬は苓姜朮甘湯を処方しました。

 4週間後に来院時に、1週間前より腰痛・左背部痛改善傾向になったようでした。脈:沈・細で、腹部に小腹不仁を認めましたが、下腹部の冷えは改善していました。苓姜朮甘湯( 2.5g×3包/日)+プレガバリン(25㎎)を続行したところ、6週間後左臀部の疼痛が改善しました。

その後、処方を継続したところ、6週間後には遠距距離の自転車が乗れるようになり、処方継続中です。

 

この患者の主訴は「気力が出ない」ということでしたので、初めは気を中心に処方を考えました。この患者の病態は、気虚により血の生成が不足し、気血両虚となっていたと考えられます。気虚の原因は腰痛であり、腰痛の原因が冷え症であったため、徐々に症状が改善しました。

今回使用した「苓姜朮甘湯」は、乾姜・茯苓・白朮・甘草の4生薬からなり、出典は『金匱要略』です。「其の身体重く、腰中冷ゆること水中に坐すが如し」とあり、下焦が寒と湿に侵されて、腰から下が冷えて重く、かつ痛むものに用いて効果があります。また「小便自利し、飲食故の如し」とあるので、飲食は平常通りで、消化器には異常を認めない時に用います。

 

本症例を経験して、患者の治したい症状が最優先かどうかを考える必要があると感じました。

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