女性外来の診察室から

第82回 スプリング・ブレイン・フォグ 

今回は社会医療法人財団大樹会総合病院回生病院 女性漢方外来 野萱純子
先生からの投稿です。

昨日いつものように高速道路を病院に向かっておりますと、山桜が満開、平地のソメイヨシノは七分咲きでした。雑木の芽も黄緑にけむってきまして、しばらく幸せな通勤ができそうです。皆様のお処はいかがでしょうか。どうぞ新しい春を楽しんでおられますよう。

 私は週一回麻酔をしておりますが、1月ほど前に他病院で、入院前のCovid-19PCR検査陰性だった手術患者が入院後発症したとの事例を受けて、麻酔導入および覚醒時には、麻酔科医と介助看護師はN95マスク着用ということになりました。これをしていたら、同じことが発生しても濃厚接触にならないと言われて、そんなものかしらと窮屈なマスクをつけています。介助の看護師さんにもお気の毒です。マスクもきちんと密着しているのやらどうやら。そういえば、二年前騒ぎが始まった頃、手術患者の偽陰性が否定できないのだから麻酔中にはN95必要だと感染対策室に提案したのは私自身でした。検査しているから問題ないでしょうということでコストのかかる対策は見送られ、実際特に問題もなかったのですが、最近は毎日N95を使っても良いのだそうで、対策費も潤沢になってきたのかしらとふとおかしく思っております。

 コビット(コロナというより可愛らしい響きなので個人的にこちらを使っています)以前なら、おかしいなと思ったら憤慨したりしていたのですが、最近はあまり気持ちが動きません。ちょっと疲れているのかもしれませんが、今回は私のコビットプラス効果をご紹介したいと思います。それは、英語リーディング&リスニングの上達です。

 この2年間コビットに関する情報が欲しくて、苦手な英語を読み聞きしてまいりました。皆様もそうではないかと思うのですが、武漢で始まった頃、突然倒れる患者の映像などに震え上がった私は、ネット検索や論文チエックを始めました。ランセットに錚々たる科学者が連名でウイルスが自然発生だと断定する意見書が掲載された頃から、さらに情報蒐集欲に拍車がかかり、大学院時代とは比較にならない量とスピードで英語を読み聞きしてきました。mRNAワクチンについては、95%の素晴らしい発症予防効果を謳われたファイザーの第二相臨床試験報告書にも目を通しました。

 危機感や恐怖心というのは人間の根源的な動機付けなのでございましょう。おかげで、この頃は英語を聞くのが苦にならなくなってきたのですが、肝心のコビットの事はよくわかりません。20年来自宅にテレビジョンがなく、日本語の情報は厚生労働省のHPくらいだったこともあって、日本語情報のみでは絶対的に不足していたのでしょうが、英語情報が多少わかるにしても時々刻々移り変わるウイルス感染症の状況は、結局世界中のどこからの発信でも十分には掴めなかったのだなと思います。考えれば当然の話で、まだデータがなかったわけです。

 ようやくこの2年に及ぶコビット状況について、まとまった検討を可能とするデータが一般人にも見える形で出てまいりました。最も重要と思われるのが、ファイザーがFDAに報告した緊急承認後のデータです。ご存知のように、70年かけて少しずつ公開するという軍事機密並みの扱いであったものが、裁判所の判決を受けて今年中にはランダムに公開されていく予定です。初回公開分に含まれていたワクチン接種後に発生した1000種類以上の多岐にわたる後遺症の報告(すでに2021年4月には提出されていたものですが)は、時々おいでになる、なんだかその後調子が悪いという患者さんの診療の参考になるのではないでしょうか。https://phmpt.org/wp-content/uploads/2021/11/5.3.6-postmarketing-experience.pdf  またこれに関連して、International Journal of Vaccine Theoryにのった論文で、mRNAワクチンの開発で苦労した点、そしてこの新しいメソッドに予想される問題点についてわかりやすくまとめてくれているものがありましたのでフリーで読んでいただけるサイトをご紹介しておきます。https://www.townsendletter.com/article/461-mrna-vaccines-and-unintendend-consequences/

 もう一つのデータは、イギリスの週ごとのサーベイランスレポートです。アメリカでも発生率などの報告はあるのですが、最近CDCがデータの誤りを認めたようにちょっといい加減で、その点やはりイギリスの医療システムにはまだ鯛の尻尾くらいは残ってるのかしらと失礼な感想を持ったりいたします。古い話ですが15年ほど前イギリスに2週間ほど緩和ケアの研修にまいりました時、ミーティングに参加する事務部門員の多さと実務的な様子に、ゆりかごから墓場までと言ったシステムはまだ機能してるのかもしれないなとボンヤリ感じたことを思い出します。イギリスはmRNAワクチンを対策の中心としている数カ国のうちの一つであり、今大変な陽性者数であまりうまくコントロールできているとは申せませんが、日本よりも施行が先んじていることから大変参考になるデータと思われます。最近のデータでは、3回目接種をしている方はそれ以外よりも数倍感染しやすいが、死亡率においては70%程度に抑えられているとのことで、残念ながら皆様ご承知のとおり感染は防ぎませんが、重症化抑止効果は示されています。このサーベイランスですが、4月からイギリスで無料PCR検査がなくなることを受けて、これまでのような規模のデータは得られなくなると予想されているのが残念です。

 英語ばかり読んでいると脳の一部しか使っていない感じになってきて、日本語の海にゆっくり浸って頭をほぐしたくなってきます。これもコビットの影響かもしれませんが、目が疲れるので減っていた読書量が昨年はまた増えてしまいました。紙の本とリアルな本屋さんを支持する方(本屋さんが無くなってしまった世界などには居たくないので)だったのですが、本棚の余裕もなくて電子書籍中心になってしまったのも一因でしょうか。最近は和歌集にはまっておりまして、これはオーディオブックですが、犬養孝先生の万葉集の講義録音を通勤のお供にしています。少し古風な話くちが優しく、言葉の面白さや不思議な力に酔うことができます。つくづくと日本人であるありがたさ、建国以来の母国語の歴史が途切れていない我が国の幸運を思っております。

 日本人は大丈夫なのかと問う事の多いこの2年半でした。医者のあり方についても疑問を感じることが多かったと思います。少なくとも医学については自分でデータを求め自分で考えることができる医者でありたい、そのための教育を受けてきた事を忘れずにいたいと強く思う毎日です。不顕性コビット感染の後遺症なのか頭に春霞がかかってしまって、取り留めもない事を書き連ね、大変恐れ入ります。では、どうぞお体とお心共に大切に、お元気にお過ごしください。この週末は桜が美しい神社にお参りし、皆様のお幸せをお祈りさせていただきたいと思っております。

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