女性外来の診察室から

No.68 咳の続く時 (和歌山労災病院)

呼吸器内科部長 辰田 仁美先生の投稿です。

せきこむ女性

2019年初め頃よりコロナ感染症が徐々に拡大し、自粛生活が続き、人々のストレスが徐々に蓄積されている状況となっています。私自身は呼吸器内科医でもあるので女性外来で咳が続く人を見る機会があります。

基本的に咳が続く時は呼吸器疾患を含め鑑別診断が必要です。呼吸器学会から2019年に「咳嗽・喀痰の診療ガイドライン」が発刊されています。持続する咳の原因となる疾患は、大きく分けると急性咳嗽と遷延性・慢性咳嗽に分けられます。急性咳嗽の原因は主に感染症で、マイコプラズマ、百日咳、クラミジアが多く、遷延性・慢性咳嗽は副鼻腔炎、気管支拡張症、咳喘息、アトピー咳嗽、胃食道逆流症候群、感染後咳嗽などです。さらに最近はコロナウィルスの影響でストレスによる咳も考慮する必要があります。

遷延性・慢性咳嗽の中で副鼻腔炎、気管支拡張症、咳喘息、アトピー咳嗽、胃食道逆流症候群は西洋薬での治療法が確立されていますので、感染性咳嗽、感染後咳嗽、ストレスの咳の疾患の漢方治療を中心に述べたいと思います。

 

1)感染性咳嗽

原因微生物が気道局所に存在する活動性感染性咳嗽と原因微生物がほとんどいない感冒後咳嗽に分けられます。活動性感染性咳嗽は症状発症時から3週間以内のことが多く、この時期は細菌感染があると考えられるので抗菌薬が必要になります。マイコプラズマ感染症の場合は初期から乾性咳嗽が激しいために、麻杏甘石湯や五虎湯を処方します。

 

2)感染後咳嗽

原因微生物は免疫力や抗菌薬の投与により排除されているか少数になっているが、咳が続く状態です。西洋医学では鎮咳剤や去痰剤を処方する時期ですが、漢方薬は咳嗽の種類により(湿性か乾性か)処方を決定します。

●麦門冬湯(乾性咳嗽):麦門冬湯は、麦門冬、半夏、人参、甘草、大棗、粳米からなり、その名前が示すように麦門冬が全体の約1/3を占めています。麦門冬湯は潤す作用が強く、痰が多くなるため、痰が絡む咳(感染症など)よりは、乾性咳嗽に用います。

●清肺湯(湿性咳嗽):清肺湯は16種類の生薬からなる漢方薬で、清熱、滋潤、利水、鎮咳、去痰などの作用を発揮します。清肺湯は水分泌促進作用と線毛の保護、線毛運動の促進作用などを有し、気道クリアランス作用を高め、痰の排出を促進することで咳嗽の抑制が期待できます。清肺湯の去痰作用は通常の去痰剤には見られない、アクアポリン5の活性促進作用が関与していると報告されています。また清肺湯には甘草も含まれていますので、抗炎症作用も期待できます。

●竹筎温胆湯(夜間の不眠):竹筎温胆湯は13種類の生薬からなる漢方薬であり、気滞を改善する柴胡、香附子、枳実を含み、脳の興奮状態(不眠など)を鎮静させる竹筎、黄連が配置されています。補気のための人参や胃腸を整える二陳湯の成分も含み、胃腸機能も調節しています。滋潤作用の麦門冬、消炎作用の桔梗も加えられているので、風邪の回復期に夜間の熱が長引くために元気がなくなり、咳や痰で胸苦しくて気が高ぶって眠れないときに適応となります。

 

3)ストレスの咳

コロナの自粛生活に冬の乾燥が加わったためと思いますが、喉頭部違和感+咳の患者さんを診る機会が増えています。

 女性外来担当医師のための漢方セミナーでの(故)木下優子先生の講義を思い出しながら診療しています。「ストレスと心身症」の時に、メモの証の半夏厚朴湯と教えて頂きました。

●半夏厚朴湯:半夏・茯苓・生姜・厚朴・蘇葉からなります。理屈っぽく自分の症状をメモしてかなり執念深く自分の症状を訴える人、どれだけ苦労してきたか訴えたい人(でも大病はしていない)に用います。気管支喘息に使用することもありますが、今のコロナの時期に適した処方だと思います。

●加味逍遥散:更年期の女性のストレスによく使われる処方です。気・血・水がバランスよく配合されているために、気鬱、補気、瘀血に用いられますが、茯苓、白朮も入っているので、水を裁く作用もあります。鎮咳作用はありませんが、咳がストレスの症状として出ているときに併用します。

 

咳は患者と医師にとって、改善しなければ日常生活にも差し支える悩ましい症状です。咳の治療は西洋薬だけでは難しいことも多く、右手に西洋薬、左手に漢方を持って治療している感じです。

 

当院の女性外来はコロナ感染症が広まってから、電話診療も行っています。初診の方は無理ですが、数年来通院している方も多く、安定している方は電話診療しています。しかし、脈診、腹診をして漢方の処方の継続・変更を決めたいので、コロナが早く終息することを祈っています。

 

独立行政法人労働者健康安全機構 和歌山ろうさい病院 

呼吸器内科部長 辰田 仁美

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