女性外来の診察室から

No.47 第5回時計台骨盤手術・解剖セミナーの報告(カレスサッポロ時計台記念病院)

女性総合診療センター長  藤井 美穂先生の投稿です。

 

12月15〜17日に第5回時計台骨盤手術・解剖セミナーを開催しました。

2013年12月に第8回日本骨盤臓器脱手術学会主催時に、カダバーを使用しての手術トレーニングを導入し、以後毎年、時計台記念病院で行う手術ライブと札幌医大解剖実習室で行うカダバー実習を週末の3日間に行うセミナーとして継続してきました。

初回から人気のセミナーで、骨盤臓器脱(Perotoneal Organ ProlapsPOP)の治療を行う、全国から集まった婦人科、泌尿器科、外科の40名の医師がカダバーを用い生体手術と同じように経腟手術や腹腔鏡下手術を行い、術後に解剖を行い、周囲構造の検証を行います。今年は経腟手術の3チームと腹腔鏡4チームの計7カダバーを用いて勉強しました。

15日(金)の時計台記念病院での手術ライブでは、毎年術者と術式を選び、できるだけ多くの先生の手術を紹介し、夜には食事をとりながら、手術の録画を前に熱いディスカッションを繰り広げました(図1、図2、図3、図4)。

 

 

藤井先生201805 図1藤井先生201805 図2藤井先生201805 図3藤井先生201805 図4

 POPに対する手術は、2004年に日本骨盤臓器脱手術学会代表の竹山先生、日本女性骨盤底学会代表の古山先生らの尽力により、フランスで開発されたTVM手術という新しい術式がわが国に導入され、短期間で従来の子宮を摘出して緩んだ腟を形成する手術にとって変わりました。

加齢や肥満、エストロゲン低下などによる脆弱化した骨盤底筋群をポリプロピレン製のメッシュを用い修復するTVM手術は画期的ではありましたが、直視下に見えない骨盤底を指先の感覚で手術を進めるという、ある意味名人技でした。私がこの手術を開始しようと決めたのは、大学を辞めて病院を移動することになった時期に、腹腔鏡手術のブラッシュアップ目的に大坂中央病院婦人科に行った時、現在の学会代表、泌尿器科竹山先生の術後診察に立ち合った時でした。

まだわが国で4例しか実施しておりませんでしたが、その4例を手術した大坂の竹山先生の術後の仕上がりに目からウロコでした。

北海道でも開始しようと決め、教えてもらいながら2009年には年間261件と全国3位の手術件数となり、時計台記念病院はPOP治療の中枢施設となりました。

大きな手術の合併症などもなく、順調に治療をすすめてきましたが、ブラインドですすめる手術のリスクを考えると、臨床医として骨盤解剖に熟知すべきと考え、母校の解剖学教室の教授にお願いし、新鮮凍結融解カダバーの解剖をさせてもらうことにしました。

学生時代の解剖はホルマリン固定であり、組織は固く、神経なのか血管なのか判別しずらいものでしたが、新鮮凍結融解カダバーは生体同様に組織構造がよくわかり、術式のリスクを回避するために、当院の仲間と解剖を続けていました。

 

頻度は低いですが異物であるメッシュが腟壁や膀胱粘膜から露出してくる合併症が欧米で報告され始め、わが国でもTVM手術が減少し始め、メッシュを使用しない従来の術式(Native Tissue RepairNTR)が見直され、一方、下垂した臓器を仙骨前面の前縦靭帯に引き上げ固定するという腹腔鏡下仙骨腟固定術(Laparoscopic Sacro ColpopexyLSC)が急速に広がってきました(図5)。

しかしこの時期、外科領域で腹腔鏡下手術による事故が頻発し始め、メディアを賑わしていましたが、カダバーを使った充分なサージカルトレーニングを行ってから、実際の手術を行うことが重要であると考え、カダバートレーニングを公開することにしました。

この頃には非感染性の固定法であるThiel法によるカダバーを使い、安全にトレーニングすることが可能となりました。

 

 

藤井先生201805 図5

 

POP治療は泌尿器科医、婦人科医、外科医の参画という診療科横断的治療という、新しい診療分野になったこと、平均寿命、健康寿命で世界のトップを走るわが国では(図6)、安全で確実な治療法が求められており需要が増え続けていること、医師と排尿・排泄専門の看護師、理学療法士などとのチーム医療が有効であり(図7)、術後在宅における指導、観察を求められる分野であることなど、現在のわが国の人口構成から見ても重要な領域の一つと考えられます。

藤井先生201805 図6

  藤井先生201805 図7

 

藤井先生201805 図8

 

 

藤井先生201805 図9 

 

 藤井先生201805 図10

 

 

 

骨盤臓器脱は腟を通して骨盤腔内の臓器である子宮や膀胱(図8)、直腸(図9)が脱出してくる疾患です。

脱出し違和感があるだけでなく、膀胱が下垂し(図10)、重症な場合は尿管膀胱移行部が下垂し多くの場合水尿管や水腎症になっています。

膀胱脱では排尿困難で救急処置で膀胱内にカテーテルを挿入し膀胱内に多量にたまった尿を排泄することが必要になったり、直腸が脱出すると直腸ポケット内に硬便がたまり下剤を使っても排泄することは困難です。

生活のQOLが著しく低下し、外出しなくなり、生活習慣病の悪循環が始まります。 

POPの原因を多変量解析してみると、内臓脂肪量が寄与因子の第一であり、脂肪組織から放出されるレプチンに抵抗性となったり、運動をしないため過剰な脂肪を燃焼しないばかりか、免疫機構や全身恒常性をコントロールする可能性のあるシグナルとしてのIL-6などのサイトカインの異常も指摘され始めていることから、他診療科との連携が重要です。 

また自験例では、骨盤底筋群の脆弱な女性はテストステロンが低いというデータを示しており、卵巣から分泌され、生殖年齢で大きな役割を果たしていたテストステロン投与の必要性から、エストロゲンのみを投与するホルモン補充療法に新たな局面が開かれる可能性を期待しています。

 

人生の終焉に向かい、フレイル状態をいかに先延ばしにするか、課題解決には診療科をこえた連携が必須であることを強調して終わりにします。

  

カレスサッポロ時計台記念病院・女性総合診療センター長    藤井 美穂

 

http://www.tokeidaihosp.or.jp/ov-hp/dr/m-f.html

 

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