天野理事長ブログ&スケジュール

2024.02.16

第98回 「更年期と高血圧〜女性の高血圧は複雑です。〜」

今回は、山形県立中央病院 糖尿病・内分泌内科 鈴木 恵綾先生からの投稿です。鈴木先生は、福島県立医科大学性差医療センターの女性外来も担当していらっしゃいます。
                                 

 動脈硬化や心筋梗塞など、性差を有する病気は多々あります。私が専門とする高血圧の病態にも「性差」があり、中でも年齢分布の性差は明らかです。高血圧の有病者数は、20歳代から40歳代では男性が圧倒的に多く、女性は男性の半分以下にすぎません。しかし、50歳代になると女性の有病者数は増加し、60歳代では男女比が逆転します。その結果、60歳代以降は、男性よりも女性の高血圧有病者の方が多いと報告されています。女性における、年齢に伴う血圧変動の大きな要因が、女性ホルモンの変化です。血圧が上昇し始める40歳代後半から50歳代は、「更年期」にあたる時期であり、エストロゲンが急激に減少して、様々な身体の変化が生じます。血圧上昇もそのうちの1つです。エストロゲンの減少により、血管の柔軟性が低下したり、自律神経が乱れやすくなったり、更年期症状による不安やストレスが増強したりして、血圧が上昇しやすくなります。「私は元々血圧が低い方だから大丈夫。そのうち血圧は下がるはず。」と、高血圧を放置すると、動脈硬化が進行し、心臓や腎臓、脳血管障害といった合併症が進行してしまいます。更年期には血圧が上昇しやすいことを理解し、早めに対策をとることが大切です。

 最近、とても印象深い更年期女性の高血圧患者さんがいらっしゃいました。頭痛、血圧高値のため、かかりつけ医より当院の救急外来に紹介。血圧 190/107 mmHgと非常に高かったものの、脳血管障害や緊急を要する所見なく、後日、高血圧精査のために外来受診となりました。24時間血圧計を装着して行う「自由行動下血圧日内変動検査(ABPM)」を行ってみると、日中の平均血圧が189/112 mmHgと著明高値で、上の血圧が200 mmHgを超えることもしばしばあり。「高血圧切迫症」として、入院となりました。

ところが入院時、血圧は128/73 mmHと大きく低下。それでも眼底検査では、進行した高血圧性網膜症を認め、確かに、長期に渡って非常に高い血圧が続いていたと考えられました。何がここまで大きな血圧のギャップを生むのか、患者さんの症状やこれまでの経過を振り返りながら、考えました。約10年前から高血圧を指摘され、かかりつけ医で経過観察。2年前に子宮筋腫に対して手術を受け、子宮と卵巣を摘出。それまで生理は続いていましたが、術後に外科的閉経となりました。術前に改めて高血圧の指摘を受け、内服加療を開始。しかしながら、当科受診の約2ヶ月前より血圧著明高値となり、連日頭痛薬を飲むほどの頭痛が出現するようになったそうです。非常に真面目なお人柄で、丁寧な物腰でお話をされます。お仕事にも真摯に取り組まれていますが、ストレスがかかりやすく、休日は起き上がれないほどの疲労感があり、1日中横になっているとのことでした。お一人暮らしであり、食事には無頓着で自炊はほとんどされず、1日1食のこともあり。にも関わらず、BMI31の肥満を認めました。また気管支喘息疑いで、夜間の咳が続き、眠りが浅いとのことでした。卵巣摘出による急激な女性ホルモン分泌の低下、仕事によるストレスと疲労、食生活の乱れ、肥満、咳による夜間不眠、これらはいずれも血圧上昇の要因となります。この患者さんには、降圧薬の内服に加え、生活習慣や血圧上昇要因の改善が必須と考え、取り組みました。

高血圧治療の基本は減塩ですが、それ以上に、規則正しくバランスのとれた食事を摂取することも大切です。最初は病院食を摂取することが大変でしたが、徐々に完食できるようになりました。栄養指導を導入し、栄養士にアドバイスをもらうことで、減塩について理解し、退院後の食事についても前向きな姿勢が見られるようになりました。

そして、入院前よりも食事量は増えたにも関わらず、減塩の効果も相まって、8日間の入院で1.3kgの減量に至ったのです。お仕事は接客業であり、やりがいはあるものの、親身になって対応することで、ご自身も疲れ切ってしまう状態。特に婦人科での術後、疲労感が強くなったように思うとのことでした。気管支喘息については、精査の結果否定的。それでも咽頭部の違和感や夜間の咳嗽あり。ストレス緩和と咳嗽の改善を目指し、柴胡加竜骨牡蛎湯と半夏厚朴湯の内服を開始。倦怠感や夜間の咳は徐々に改善し、病棟内のウォーキングによる運動療法にも積極的に取り組めるようになりました。心なしか表情も明るくなり、気づけば、あれほど苦しんでいた頭痛は、全くなくなったのです。血圧も順調に低下し、110〜145/75〜85 mmHgと安定した状態で、退院となりました。退院後も食事・生活習慣に気をつけられ、血圧は更に低下。気管支喘息を疑うほどであった咳も、半夏厚朴湯の内服で周囲に驚かれるほどに改善。柴胡加竜骨牡蛎湯を内服しながら仕事に復帰することもできました。「本当に楽になりました。ありがとうございました。」と、退院後に初めて外来を受診された時の、患者さんの嬉しそうなお顔が忘れられません。

更年期の時期は血圧が上昇して当然です。加えて、エストロゲンの低下によって、血圧上昇の原因となりうる精神的、身体的要因も助長され、更に血圧が上昇しやすくなります。血圧上昇は、今の自分を見つめ直すサインです。生活習慣が乱れていたり、無理をしすぎたりはしてはいませんか?自分に優しくできていますか?振り返った上で、タイミングを逃さずにかかりつけ医を受診して、適切な治療を開始いたしましょう。血圧と上手につき合って、体も心も血管も若々しく、笑顔で過ごしていただけたらと思います。

山形県立中央病院 糖尿病・内分泌内科 鈴木 恵綾

ミャンマー8-1

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