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2022.03.12

なぜくも膜下出血は女性に多いのか?

今回は、阿知須同仁病院循環器内科・女性総合外来、尾中病院女性外来を担当していられる松田昌子先生からの投稿です。

はじめに

心筋梗塞や脳卒中のような心血管疾患の罹患率や死亡率は、男性に比べ女性で低く、それには女性ホルモンであるエストロゲンの抗動脈硬化作用が重要な役割を果たしているということは周知の事実です。しかし、くも膜下出血は、女性の発症率が男性の1.5~2.2倍と高く、しかも、世界で日本人の発症率が突出して高く、性差に加えて民族差もありそうで、他の疾患とは異なることがわかっています。くも膜下出血が脳血管障害の中で占める割合は日本では約10%程度で、決して頻度の高い疾患とはいえませんが、一旦発症すれば、死亡リスクは高く、救命できても後遺症のために社会復帰が難しくなることも多く、予防、早期発見、適切な治療が重要な疾患です。女性外来で担当する患者さんの中にも、未破裂動脈瘤が見つかり、予防的に外科的治療を受けた方や、手術適応ではないため、定期的に検査を受けている方がおられますが、なぜ女性に多いのか、深く考えることもなく過ごしていた後ろめたさを解消するために、このコラムを担当する機会に、専門外ながら文献を通じてわかったことを皆様に紹介させていただくことにしました。既にご存じの方はどうぞご容赦ください。

くも膜下出血の80-85%は脳動脈瘤破裂によるといわれ、動脈瘤も、くも膜下出血も女性に多く発症するといわれてきました。ここでは、脳動脈瘤の成因、性状、破裂に至る機序、治療等について性差の視点から記述します。

 

脳動脈瘤及びクモ膜下出血の発生

・未破裂動脈瘤の発生率:女性に多いというのは人種に関わらず共通の現象です。

・動脈瘤の数と発生部位:女性では、男性に比べ、左右両側に、また複数見つかることが多く、部位は、女性では内頚動脈後交通動脈、男性では前交通動脈に多く発生しています。動脈瘤の数や発生部位の性差は、エストロゲンの血管壁リモデリングへの関与や、血管径や走行など脳血管の解剖学的な違いからもたらされると考えられています。

・動脈瘤の拡大速度は女性で速いといわれていましたが、逆の報告もあり、まだ議論は定まっていません。

 

エストロゲンの動脈瘤形成、動脈瘤破裂への関与

くも膜下出血の発症年齢のピークは、男性50歳代(平均年齢57歳)、女性は70歳代(平均年齢65.5歳)と、閉経後の高齢女性の発症率が特に高いことがわかります。

動脈壁へのshear stressなどから壁の局所炎症がもたらされ、これが動脈瘤の引き金になると考えられていますが、エストロゲンは血管壁に存在する受容体を介して炎症を抑制します。閉経後は、このエストロゲンの抗炎症作用が減弱し、動脈瘤の形成が進行し、さらに瘤内部の壁の炎症も強まる結果、動脈瘤の破裂に至るという説が有力です。 実際、閉経後、ホルモン補充療法を受けた女性ではくも膜下出血のリスクが減ったという報告があります。

 

くも膜下出血のアウトカムの性差

 くも膜下出血が起こってしまってからの転帰については、直後の死亡率、発症後の頭蓋内血管攣縮に続く遅発性脳虚血における性差の有無等、まだ議論が定まっていません。

外科的治療後の転帰についても、現時点では性差は認められていないようです。

遅発性脳虚血患者の血中エストロゲン値が上昇していたとの報告があったものの、それが炎症反応の原因なのか結果なのか明確な結論は得られていません。くも膜下出血後、血管攣縮予防目的で早期にエストロゲンを投与し、良好な転機を得たとの報告もあります。エストロゲンがNO分泌を促進し、血管が拡張し、これが神経保護につながったというものです。しかし、このようなエストロゲンのくも膜下出血治療への臨床応用についてはまだ十分なデータがありません。

 

動脈瘤の発生・破裂のリスクファクターと予防

脳動脈瘤発生、破裂に関与すると言われているリスクファクターには、高血圧や喫煙、飲酒、解剖学的位置、家族歴、ストレスなどが挙げられていますが、性差についての検討はあまりされていないようです。

 内科的治療:脳動脈瘤の発生及び破裂において中心的役割を果たすのが血管壁の炎症と考えられていますが、この炎症を抑制する目的でアスピリン投与の有用性を検討した報告があります。男性ではアスピリンで動脈瘤の破裂が有意に減少したものの、女性では有意差はなかったということです。過去の65歳以上の女性を対象にした大規模試験で、アスピリンが重大な心血管イベントや心筋梗塞、虚血性脳卒中のリスクを有意に低下させたという報告がありますが、異なる結果となりました。病態の違いにより効果も異なるのかもしれません。現在、アスピリン服用と血圧コントロールが未破裂動脈瘤に与える影響についてPROTECT-Uという大規模研究が進行中で、その結果を待ちましょう。

 動脈瘤破裂の予防目的で、スタチンも有効であるという報告もありますが、性差については検討されていません。

 

終わりに

 くも膜下出血及びその主な原因である動脈瘤の破裂について、性差の視点から行われた基礎及び臨床研究は他の心血管疾患に比べまだ少ないのが実情です。これまでの文献から、高齢女性のくも膜下出血にエストロゲンの減少が強く関与しているらしいということはほぼ間違いなさそうです。しかし、心血管疾患では閉経後の女性の罹患率は、エストロゲンの減少とともに、男性並みに増加するということでしたが、くも膜下出血では、むしろ、男性の発症率をはるかに上回るものです。この違いは何なのか、解剖学的相違や脳内血管と脳外血管という環境の差がもたらす何かが関与しているのか、私にとってなぞは深まるばかりです。今後、外国に比べて発症率が2倍近く多い日本から新しい知見が出てくることが期待されます。

 

主な参考資料

1. Fuentes AM, McGuire LS, Amin-Hanjani S. Sex differences in cerebral aneurysms and subarachnoid hemorrhage. Stroke 2022;53:624-633

2. 井川房夫、加藤庸子、小林祥泰。脳血管障害の性差。日本臨床2015;73:617-624

 

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