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2020.10.29

コロナウイルス感染流行下での循環器内科外来② ―下肢リンパ浮腫について―

国立病院機構 関門医療センター循環器内科・女性総合診療 早野智子先生の投稿(前回①の続き)です。

足マッサージ

 

前回、「高齢者の下肢廃用性浮腫」についてお伝えしましたが、今回は「廃用性浮腫」に加え、鑑別しづらい「リンパ浮腫」について、機序・診断鑑別方法・治療上の注意点、そして性差に関する内容を、検索文献をもとにお伝えしたいと思います。

 

ご周知の通り、リンパ浮腫とは、リンパ管の流れが悪くなることで起きる手足のむくみのことです。

なんらかの障害(がん手術治療時のリンパ節郭清処置や手術痕によるリンパ流うっ滞など)によりリンパ管が機能低下、もしくは機能以上に液体が存在すると、心臓まで運びきれずに腕や足に溜まり、むくみ(浮腫)を呈して、リンパ浮腫と呼ばれるようになります。

慢性の浮腫を背景に蜂窩織炎を繰り返す下肢リンパ浮腫症例では、生命予後にも悪影響を及ぼすとして、専門医によるリンパ管細静脈吻合術の実施を推奨されるケースもあるようです。

そこで、浮腫の原因を診断・鑑別する方法として有用なのは、確定診断までには至らないものの、第1に下肢静脈エコー、そして確定診断目的での追加画像検査としてリンパ管シンチグラフィー・MRIンパ管造影等があげられます。

後者の検査を行える施設には限りがありそうですが、「廃用性浮腫」の主な治療法は圧迫法:弾性包帯・弾性着衣(弾性ストッキング 靴下)と毎日できる適度な運動が知られており、「リンパ浮腫」の治療法としては、一般に軽い圧迫療法とリンパマッサージ・ドレナージ、スキンケアが挙げられています。

ただ、ここでひとつ興味深いのは、日本癌治療学会発行のがん診療ガイドライン「リンパ浮腫」(1)によると、続発性(二次性)リンパ浮腫に対して、運動療法は予防・治療ともに上肢には有効ながら、下肢には推奨されていないことです。また、弾性包帯は推奨グレードが上肢でA3、下肢でA4と、リンパ浮腫に対する標準治療として推奨される一方で、弾性着衣については、上肢リンパ浮腫の維持期にはA3と推奨されるも、下肢リンパ浮腫についてはD1とされ、根拠を示すデータが乏しいことを理由に推奨されていない点が目を引きます。

なお、一般に、蜂窩織炎がある症例では圧迫法は禁忌であり、感覚麻痺・神経麻痺や末梢動脈の閉塞(重症虚血例では禁忌)などを合併する症例でも慎重な配慮が必要です。

初めから圧迫力を強くし過ぎず、患者さんにゆっくり慣れてもらうことや、異常を感じたら圧迫を中止してもらうことが血流障害や皮膚・関節のトラブル予防に重要となります。

 

最後に、リンパ浮腫での性差について触れることとします。

2017年~2018年度に英国北東部にある個々のホスピスで13914名のリンパ浮腫症例を対象に臨床コホート研究を実施したところ、65歳以上が全症例の54.5%を占めていましたが、すべての年齢層で女性:男性比が3.3:1と女性症例が多いことがわかりました(2)。

症例内の人種は白人7029名、mixedが481名、アジア系が32名、黒人系が10名等とされていますが、日本でもリンパ浮腫は女性に多いことは一般に知られています。

なお、このコホート研究では、担癌症例が全体の26.8%、がん既往のない症例が53.1%、不明な症例が20.1%となっています。

担癌症例ではなくともリンパ浮腫をきたす症例が半数以上を占めていたことが目を引きます。

その原因が何かが知りたいところですが、詳細は残念ながら不明です。

先に引用したがん診療ガイドライン内の「リンパ浮腫」に顧みますと、上肢においては肥満が危険因子となることはまず間違いがないとB2判定である一方で、下肢においては肥満とリンパ浮腫の関連英文論文がないために推奨度評価がない現状です。

今後の研究が待たれます。

 

なお、米国の医学検索サイト:UP to dateで浮腫について検索したところ、「廃用性浮腫」については十分な記載がありませんでしたが、Idiopathic edema (特発性浮腫)として、「心・肝・腎疾患のない更年期前の女性の顔や体幹、四肢に体液がうっ滞して生じる浮腫症候群」とあえて対象を女性に絞り、特筆されていました。

糖尿病や肥満、情緒の問題(うつや神経症)が特発性浮腫に関与することも多いとされており、興味深く一読しました(3.4-9)。

 

以上、まだ知られていないことも多い下肢浮腫ですが、当院の女性総合診療外来・循環器内科外来では、浮腫の訴えは更年期前女性よりも高齢者でより顕著な印象です。

日米の差異や住居者の年代層の影響もあるのでしょうか? 読者の皆さんの周りではいかがでしょう? 

当院がある山口県下関市内では高齢化・独居率が猛スピードで進んでおります。

今後も高齢者廃用症候群の諸症状が全身に及ばないよう、また、年代を超えての女性外来診察に取り組んでいきたいと考えています。

 

参考文献:

1.がん診療ガイドライン 「リンパ浮腫」(日本癌治療学会HP内掲載)

http://www.jsco-cpg.jp/guideline/31.html#cq01

2.Brown A et al. BMJ Supportive & Palliative Care 2019;9:389-396

 

3.R.H.Sterns.et al.  Idiopathic edema  UP to Date.com

  1. Badr KF. Idiopathic edema. In: Contemporary Issues in Nephrology (Body Fluid Homeostasis), Brenner BM, Stein JH, Churchill Livingstone, New York 1987. Vol 16.

  2. Streeten DH. Idiopathic edema: pathogenesis, clinical features, and treatment. Metabolism 1978; 27:353.

  3. Edwards OM, Bayliss RI. Idiopathic oedema of women. A clinical and investigative study. Q J Med 1976; 45:125.

  4. Kay A, Davis CL. Idiopathic edema. Am J Kidney Dis 1999; 34:405.

  5. Pelosi AJ, Sykes RA, Lough JR, et al. A psychiatric study of idiopathic oedema. Lancet 1986; 2:999.

  6. Dunnigan MG, Henderson JB, Hole D, Pelosi AJ. Unexplained swelling symptoms in women (idiopathic oedema) comprise one component of a common polysymptomatic syndrome. QJM 2004; 97:755.

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