2019.08.22
人それぞれの健康観 ~診察室の一コマより~
磯部内科医院 院長、愛知医科大学 客員教授 伊吹 恵里先生の投稿です。
ある日のこと。一人の初診患者さんが最近3年分ほどの健康診断結果を持参して診察室にいらっしゃいました。
中年の女性ですが、何でも、年に何度も国内外のフルマラソンに参加・完走されており、今年の秋にも海外のフルマラソンを控えているとのこと。
「それはすごいですね!」と、日頃運動不足の私は尊敬の念を抱きながら、健康診断書を拝見させていただいてみると、高度の高LDLコレステロール血症と軽度の高血圧症と記されていました。そして、前回の結果に目を向けるとLDLコレステロールの値は今回よりも100近く低いのです。不思議に思い、そのことについて言及すると、「前回の値はフルマラソンの前だったので」との返答。
「・・・?」
その意味が解らず、ご本人におたずねしてみると、このようなお答えが返ってきました。
「1年じゅう薬を飲み続けることは体に良くないので、フルマラソンの時期が近付いたときだけ薬を飲むようにしています。」ときっぱり。
「はあ・・・、そうなんですね・・・。」
職場健康診断の時期が近付くと、急に節制を始めて瞬間的に良い数値をたたきだして「お咎めなし」の優等生の成績表を得ようとするお茶目な人たちにはしばしばお目にかかるのですが、今回の患者さんはそうではありません。
至って真面目そうな方であり、ご自身の健康管理に関しては「私はずっとこの方法でコントロールしてきました。」というある種絶対的な自信のようなものをお持ちなのです。これまで、意見してあげられるような医療従事者には出逢わなかったのでしょうか?それはさておき、さて、どうしたものか。
「そうですね・・・。でも、いや、そのやり方では、一夜漬けのテスト勉強みたいなもので、真の実力じゃないような健康状態になってしまうのです。マラソンに出場される以外の長い期間は高いコレステロール濃度や血圧が体中の血管に負荷をかけてしまうことになるので、その状態が年余に及ぶと動脈硬化が進んで脳や心臓や腎臓などの血管にダメージを与えてさまざまな病気が発症するリスクが高くなるのです。
ですから、マラソン以外の時期でもそのあたりを日頃からコントロールしておくことが大切なのです。」
と説明し、生活習慣の是正のお話に加えて降圧剤とコレステロールの値を下げるお薬を処方し、それでどのくらい効果が出るかを次回の診察で確認しましょう、ということにしました。その間、患者さんはずっと真顔で傾聴されていました。
私の説明をこの方がどれくらい受け入れてくださったか、さらには次回、予約通りに受診していただけるのか内心少々不安に思いながら、診察は終わりました。
この患者さんのヘルスプロモーションにちょっとでもお役立てできていれば、うれしい限りなのですが・・・。
磯部内科医院 院長
愛知医科大学客員教授
伊吹恵里