2018.05.07
生理前自殺未遂に関する記事について ~ 月経前症候群治療の普及を
つい先日、ネットにノンフィクション作家の石井光太さんという方が取材に基づき執筆された
『生理前にホルモンバランスが崩れる度に「自殺未遂」を繰り返す女』が掲載されました。
副題は、育てられない母親たち【18】、となっています。
この記事を読んで改めて月経前症候群に対する治療の重要性を感じました。
大変残念なことに、この記事の主人公の「育てられない母親」である26歳の女性(Aさんとします)は、おそらくピルを用いたホルモン治療を受けておられないように思います。
Aさんは子どものころから両親には全く似ていない、いわゆる「暗い子」。
子どものころに精神科でIQ70のボーダーとの診断を受けているため、このAさんのお母さんに対する取材に基づく記事全体からは「低IQボーダーで希死念慮がある」ために、生理前になるたびに自殺未遂をおこし、結婚・出産後は生理前になると夫と大喧嘩をした挙句に赤ちゃんと心中しようとする、そんな女性のように読み取れます。
そんな生理前の重篤なトラブルを抱えるAさんに、お母様はこれからもなすすべなくつきあっていくしかない、という結論です。
「止める方法がわからない」とお母様は取材に答えています。
記事の中に「カウンセリングをうけたり、薬を飲んだりしても数ヶ月や数年で治るものではない」と元教師のお母様は言っています。
しかし、ここでいう薬というのはおそらくはなのですが、精神薬のことのように思えます。
Aさんは希死念慮がある女性、とはいうものの、発作的に自殺や夫婦大喧嘩や心中行為を起こすのは決まって生理前とのこと。
そうであるならば月経前症候群(以下PMS)です。
PMSは眠気、頭痛・腹痛・腰痛、倦怠感、吐き気といった身体の症状ばかりではありません。
イライラする、発狂する、落ち込む、死にたくなる、といった精神症状をもっている人が「健常者」でも普通にいます。
理事長の診察する女性外来で多くの女性の問診補助とカウンセリングボランティアを致しましたが、PMSはある意味「女性あるある」の1つです。
低IQボーダーのAさんを「メンタルあり」と特別視するあまり、健常者でも普通に受診するPMS治療の効力への認識がおざなりにされている事例に思えて仕方ありません。
前にこの性差医療コラムコーナーで事例を紹介したのですが、健常者女性であってもPMSには相当苦戦しています。
そして、その症状がPMSによるものと本人も周囲もなかなか気がつけないことが多いことが大問題なのです。特に精神症状に関しては見落としが顕著に見られます。
前に紹介した健常者の事例をここにもう一度書きます。
私に指摘されるまで事例女性3人ともが全く自分がPMS患者であるとは気がついておらず、夫とともに悩んでいました。
そして、PMS治療の通院後、苦しみからすっかり解放されています。
【PMS患者の事例】
①(いわれてみれば生理前になると)職場の上司と発狂状態で怒鳴って大激突する既婚女性。夫からは「君のその気が強い性格だけが欠点だよね・・・」と残念がられていた。
職場での激突と育児との両立は無理と考えて出産後仕事をしていなかった。
治療を受けて再就職、今は海外出張もこなす。
②(いわれてみれば生理前になると)突然消えたくなり、1週間は布団にこもって育児・家事を放棄する2児のお母さん。
優秀な技術者会社員だったが、出産後、育児・家事・仕事のマルチタスクがますます無理だと思い退職。夫とともに自分はメンタル疾患があるのだと悩んでいた。
治療を受けてすっかり元気になり、「元気ハツラツなママ」に変身。
③(いわれてみれば生理前になると)何も手につかなくなり、仕事が続かないため結婚後は完全に有業を諦めていた若い専業主婦女性。
治療を受けてパート勤務の兼業主婦となった。
彼女の場合、夫が「いつも生理前じゃない?一般病院で相談してみたらどうかな?」と気がついたことが、とても素晴らしい結果につながっています。
男性には決して発症しない病気だけに、いまだ男性活躍社会である日本社会においては、「男性も罹患する疾患と比べた際の一般認知の格差」を感じます。
どうかNAHWの会員の先生から、日本全国津々浦々、PMS認知の普及につとめてくださればと願わずにはいられません。
㈱ニッセイ基礎研究所 生活研究部 研究員
天野 馨南子