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2018.01.29

「賢い選択」は医療の救世主となるでしょうか?

山口大学医学部附属病院 女性診療外来 松田昌子先生の投稿です。

グローバルデータ分析

 

 2012年、American Board of Internal Medicine米国内科学専門医機構は、不必要な検査や治療、つまり過剰医療傾向にある 現代医療を見直すために“賢い選択~Choosing Wisely”というキャンペーンを始めました。 

 

 キャンペーンの発端は、2010年のNew England Journal of Medicine 362巻に掲載された、テキサス大学のHoward Brody博士による論文、“Medicine’s Ethical Responsibility for Health Care ReformThe Top Five List”でした。

 

 この頃書かれたいくつかの論文の中で、Brody博士は、米国の医療改革を実施するにあたり、限られた資源を国民に公平に分配するには、無駄な検査や治療はやめ、有効性が立証された医療を行う、つまりevidence-based medicineを実施することが必須であると述べています。

 

 その方法として彼が提案したのが、各専門医学会で、頻用されているが有用性は立証されていない検査あるいは治療5項目を抽出するということでした。

 これら5項目を集約して医療行為から除外すれば、高額の医療費が節約でき、過剰医療による健康被害も避けることができるというわけです。

 

 米国の高額な医療費と複雑な保険制度、その結果、おびただしい数の無保険者が出現し、先進的な医療を実施している隣で、助けられる病気とわかっていてもお金がなくて病院に行けない人がいるという健康格差社会を生み出しました。

 

 歴代の大統領が医療保険制度の改革を試みてきましたがどれも失敗に終わり、ようやく2010年にオバマ前大統領が発効させた通称オバマケアにより2014年から国民皆保険制度が始まりました(トランプ大統領はこれを白紙に戻そうとしていますが)。

 国民皆保険制度といっても日本の公的な皆保険制度とは異なり、個人が一定の条件を満たす健康保険を買って加入することが義務付けられ、加入していなければ罰金が科せられるというもので、その評価は必ずしも定まっていませんでしたが、まずは改革に向かって口火を切ったということです。

 

 医療費を減らすために、無駄な医療行為を見直すということは医療倫理の上では当然のことですが、経済的利害が絡む企業や病院、過剰医療を求める傾向のある患者、実施可能なすべての検査と治療をしておきたい医師等の反対を受ける場合もあり、当初は簡単なことではなかったようです。

 しかし、時とともに米国では“Choosing Wisely“キャンペーンの趣旨に賛同する人たちの輪は広がり、5年間で米国内の80以上の医学会、Consumer Reports をはじめとする70の消費者や雇用者団体が加わり、525の項目が挙がり、日本をはじめ、19カ国に拡大しています。

 

 キャンペーンに加わった米国の学会は、それぞれの専門分野で行われている過剰な検査や治療を抽出する作業を始めており、会員のみならず非学会員にも、段階的に参照できるガイドラインを作成したり、教育セミナーを開催したりしている学会もあります。

 それらの結果、腰痛患者の放射線画像検査が40%減少、抗生物質の使用が60%減少というような驚くべき数値が各地の医療機関から報告されています。

 

 “Choosing Wisely”のホームページには、5年間の活動成果や種々の診療行為の必要性やリスクが掲載され、また、検査や治療の患者説明資料、コミュニケーションスキルなども公開されています。 

 

 患者さんの訴えに耳を傾け、無駄な受診や検査、薬の使用を減らそうという診療スタイルは、性差医療が目指す医療とも通じています。

 日本では2016年に“Choosing Wisely Japan”が設立されていますが、日本の学会で今後どのように発展していくか、まだわかりません。“Choosing Wisely”のコンセプトに沿い、エビデンスに基づいたガイドラインが各学会から示されていくことを願います。

 

参考資料

1. Choosing Wisely A special report on the first five years.

 < http://www.choosingwisely.org/> (アクセス日:2018/1/22)

2. Brody H. Medicine’s ethical responsibility for health care reform-The Top Five List.

  N Engl J Med 2010;36:283-5

3. Brody H. From an ethics of rationing to an ethics of waste avoidance.

  N Engl J Med 2012;366:1949-1950

 

山口大学医学部附属病院 女性診療外来

松田昌子

http://ds22n.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~womencl/?%A5%B9%A5%BF%A5%C3%A5%D5%BE%D2%B2%F0%2F%BE%BE%C5%C4%20%BE%BB%BB%D2

 

 

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