女性外来10年史

山口大学医部附属病院「女性診療外来」のあゆみ

山口大学医部附属病院「女性診療外来」のあゆみ

【はじめに】
山口大学医学部附属病院「女性診療外来」は、女性を総合的に診療する外来として2002年9月19日に第1回目の担当者会議を開催し、半年後の準備期間の後、2003年3月に開設しました。国立大学附属病院としては初めて、専門や職種の枠を超え、病院全体の協力体制の下に診療をするという新しい形の診療科として多くの人の期待と興味を背負って出発しました。
先行の他施設の女性外来と同じく、訴えの種類を問わず、すべての年齢の女性患者を対象とし、スタッフは全員女性を配置した外来のこれまでの歩みを、開設前、開設後の診療体制、教育啓発活動、受診者数を以下にまとめました。

【開設準備】
1.他施設視察訪問
2002年1月米国TheNationalCentersofExcellenceinWomen’sHealthとして認定された女性医療機関を中心に6施設を訪問。
1)UCLAIrisCantor(LA)
2)Women’sonestopcomprehensivehealthclinicatHubert-H.Humphrey(LA)
3)COEatUC,Irvine(Irvine)
4)UniversityofWashingtonNationalcenterofExcellenceinWomen’sHealth
(Seattle)
5)UniversityofIllinoi,ChicagoNationalcenterofExcellenceinWomen’sHealth
6)UniversityofMichiganCOE(AnnArbor)

【特徴】内科または産婦人科医師が中心となって女性の総合的な医療を実施していたこと、スタッフは女性に限らず男性医師も担当、多様な人種社会の中で、病院により、患者層が異なり、また、教育啓発活動の内容も多様であったこと、施設により資金の差が大きかったことなどであった。

12月ヨーロッパ女性医療視察
1)カロリンスカ研究所、性差医療センター(スウェーデン)
2)UniversityofBristol,HealthandSocialCare,SchoolforPolicyStudiesProf.LesleyDoyal(UK)
3)Prof.Dr.VeraRegitz-Zagrosek、ドイツフンボルト大学Charite病院(Berlin)
4)女性診療科教授Prof.ThomasStrowitzk(ドイツハイデルベルグ大学)
【特徴】米国や日本のような女性医療機関はなく、女性医療研究、または性差医療研究が活動目的であった。

2003年2月千葉県立東金病院「女性外来」、コスモス女性クリニック(川崎市)を見学。

2.担当者の教育セミナー
2002年5月25,26日ウィメンズヘルスセミナーin千葉参加(担当医師1名、看護師1名)

月日 場所 タイトル 講演者
1 9月12日 2病棟6F
カンファレンスルーム
ホルモン補充療法の実際:目的とregimen 中村康彦医師
2 19日 多目的室4・5(旧中診3F) 女性の胸痛 松田昌子医師
3 26日 多目的室1-3(旧中診3F) 閉経と高脂血症―中高年女性の高脂血症― 梅本誠治医師
4 10月3日 多目的室4・5(旧中診3F) 女性の骨粗鬆症 石田洋一郎医師
5 10日 2病棟6F カンファレンスルーム 中・高年女性に勧める運動プログラ ム 上田真寿美健康運 動指導士
6 17日 多目的室1-3(旧中診3F) 更年期女性のための漢方治療 宮本康嗣医師
7 23日 多目的室1-3(旧中診3F) 子宮内膜症、子宮筋腫、子宮ガン、
卵巣ガン:専門外来紹介の基準
尾縣秀信医師
8 31日 多目的室1-3(旧中診3F) 中高年女性の栄養指導 田坂克子管理栄養 士
9 11月7日 多目的室1-3(旧中診3F) 乳ガン診断と治療update ―検診の重要性― 丹黒章医師
10 14日 多目的室1-3(旧中診3F) 女性の排尿障害 松山豪泰医師
11 21日 多目的室1-3(旧中診3F) 地域市民が附属病院に期待する医療 ―保健医療の最前線からー 大下昌恵保健師 (宇部市保健セン ター)
12 28日 多目的室1-3(旧中診3F) Gender-SpecificMedicineの意義― 基礎医学の立場からー 中澤晶子名誉教授
13 12月5日 多目的室4・5(旧中診3F) Gender-SpecificMedicine ―臨床の立場からー 松田昌子
14 2003年 1月15日 霜仁会館 「Gender-SpecificMedicineの現状 と将来―循環器分野―」 「鹿児島大学女性外来の経験」 天野恵子衛生研究 所所長(千葉) 嘉川亜希子医師 (鹿児島大学)
15 3月13日 霜仁会館 「更年期女性に対するHRT(ホルモ ン補充療法)の現状と展望」 野崎雅裕九州 大学大学院医学研 究院生殖病態生理 学助教授

 

中・高年女性に勧める運動プログラム
上田真寿美健康運
動指導士
617日多目的室1-3(旧中診3F)更年期女性のための漢方治療宮本康嗣医師
723日多目的室1-3(旧中診3F)子宮内膜症、子宮筋腫、子宮ガン、
卵巣ガン:専門外来紹介の基準
尾縣秀信医師
831日多目的室1-3(旧中診3F)中高年女性の栄養指導田坂克子管理栄養

911月7日多目的室1-3(旧中診3F)乳ガン診断と治療update
―検診の重要性―
丹黒章医師
1014日多目的室1-3(旧中診3F)女性の排尿障害松山豪泰医師
1121日多目的室1-3(旧中診3F)地域市民が附属病院に期待する医療
―保健医療の最前線からー
大下昌恵保健師
(宇部市保健セン
ター)
1228日多目的室1-3(旧中診3F)Gender-SpecificMedicineの意義―
基礎医学の立場からー
中澤晶子名誉教授
1312月5日多目的室4・5(旧中診3F)Gender-SpecificMedicine
―臨床の立場からー
松田昌子
142003年
1月15日
霜仁会館「Gender-SpecificMedicineの現状
と将来―循環器分野―」
「鹿児島大学女性外来の経験」
天野恵子衛生研究
所所長(千葉)
嘉川亜希子医師
(鹿児島大学)
153月13日霜仁会館「更年期女性に対するHRT(ホルモ
ン補充療法)の現状と展望」

野崎雅裕九州
大学大学院医学研
究院生殖病態生理
学助教授

 

 

【開設時・後の活動】
1.2003.3/12「女性診療外来」開設
1)診療のための準備物・女性外来紹介パンフレット
・問診票、予約担当者マニュアル
・患者データ・ベース・院内・外通知
2)開設当初の概要
①設立の目的
➢性差を考慮した、総合的な女性のための医療を提供する窓口となる。
同じ疾患でも、男性と女性では、個人差以上に症状の感じ方が異なることが多い。社会的に定期健診などの機会の少ない女性は、その症状を気軽に相談できる場所がないために症状があっても我慢をしたり、手遅れになったりして、医療への不信感を募らせたりする可能性が高い。女性医師が、同性の立場で症状を聞き、適切な助言及び医療を提供することは、中高年者の半数以上を占める女性及びその家族の健康増進に重要な役割を担う。
➢診療科、及び職域を越えて“女性のための医療”を中心に据えたネットワークの拠点作り専門化が進んだ医療現場では専門外の領域に関しては無関心になりやすい。そのため、種々の科を受診して症状を訴え個別の判断を仰ぐ他科巡りとなることが多い。最初に症状を聞いて適切な受診科をアドバイスしたり、それぞれの専門外来の意見を統合して、適切な診断を下すことのでき
る“女性のための一次診療科(primarycare)”となる。
➢女性医療についての医療従事者及び一般女性の教育
今後の医療現場では、性差を考慮した医療の実践が求められる。日本の医学教育はまだその面では遅れをとっており、適切な教育がなされていない。女性内科においてエビデンスを蓄積し、その結果より医療従事者の教育の資料とすることが望ましい。
社会との連携を密にし、公開講座など一般の女性に対しても積極的に啓蒙活動を行なっていくことが重要な使命でもある。
➢女性医療領域のリサーチ拠点作り
女性における種々の疾患の学術的なデータは日本では少なく、多くを欧米のデータに依存している。人種の差を考慮にいれた医療を実践するためには日本人における医学データが必要であり、女性内科はその協力者を求める拠点となることができる。その結果を地域に向けてフィードバックすることにより協力者及び地域への貢献へとつながる。
②組織:
医師:内科医、産婦人科医、精神神経科医、外科医、皮膚科医師の6診療科領域
看護師または助産婦
栄養士
健康運動指導士*
薬剤師*
臨床検査技師*
③診療内容
◆基本的に女性を対象にした一次診療(PrimaryCare)を行なう。
◆各診療科との連携をスムーズにし、必要に応じて、専門外来に紹介する。
◆受診女性患者の希望に添う医療を提供する。
➢各科医師共通:ホルモン補充療法(HRT)、乳ガン検診及びマンモグラフィー予約・結果報告、骨密度測定予約・結果報告及び治療。
➢内科医師:高血圧、高脂血症、その他生活習慣病疾患診断のための検査予約及び結果の総括、症例によっては外来治療を受け持つ。
➢産婦人科医師:健診的検査(PAPテスト、超音波検査ほか)
➢乳腺外科医師:乳ガンの精密検査➢精神科医師:うつ症状の診断・治療
➢皮膚科医師:皮膚科疾患
➢整形外科医師*:骨粗鬆症の診断・治療*:必要な場合のみ女性内科に出務

➤栄養士:年齢に応じた栄養指導、植物性女性ホルモンの摂取のしかたについて講義
➤健康運動指導士:運動の意義、個々に応じた運動方法について助言
➤薬剤師:ホルモン製剤をはじめ、漢方薬、更年期症状に対する薬物について説明。
➤臨床検査技師:smearテストの施行、検査に与える生活習慣や薬物についてセミナー開講。

2006年8月~内科、婦人科、精神科、外科、整形外科の5診療科
2011年4月~内科、婦人科、精神科、外科の4診療科

2.担当者向け院内セミナー
2005年~2006年

 

1 5月27日 多目的室1・2・3(旧中診3F) 女性とペインー交感神経が関与した症 状とそのコントロールー 川井康嗣先生
2 6月24日 総合研究棟 頭痛と女性―病態・診断・治療 多田由紀子 先生
3 7月22日 多目的室1・2・3(旧中診3F) 高脂血症と性差 ―女性の高脂血症の診断と治療― 梅本誠治先生
4 8月26日 多目的室1・2・3(旧中診3F) 「脳内エストロゲン合成による性分化と性 ステロイド受容体発現制御」 篠田晃先生
5 9月30日 総合研究棟 女性の排尿障害 松山豪泰先生
6 10月28日 多目的室1・2・3(旧中診3F) 「女性診療外来における尿失禁相談・ 指導の実際と方向性」 「軽く見てはいけない女性の“動悸”」 東玲子先生

松田昌子

7 11月25日 多目的室1・2・3(旧中診3F) 閉経後骨粗鬆症の病態・診断・治療 -現状と未来― 石田洋一郎 先生
8 2005年1月 27日 多目的室1・2・3(旧中診3F) プライマリ・ケアでのうつの診断と治 療-女性のうつを中心にー 秋元隆志先生
9 2月17日 多目的室1・2・3(旧中診3F) 婦人科癌(子宮癌、卵巣癌など):診 断と治療の現況 武田理先生
10 3月17日 多目的室1-3(旧中診3F) 「不妊のおはなし ~基礎から生殖医療の現状まで~」 田村博史先生
11 5月26日 多目的室1-3(旧中診3F) 痴呆症(認知症)は女性に多い? 野垣宏先生
12 6月23日 多目的室1-3(旧中診3F) 見逃してはいけないHIV感染症 山田治先生
13 12月5日 多目的室4・5(旧中診3F) Gender-SpecificMedicine ―臨床の立場からー 松田昌子

15月27日多目的室1・2・3(旧中診3F)女性とペインー交感神経が関与した症状とそのコントロールー
川井康嗣先生
26月24日総合研究棟頭痛と女性―病態・診断・治療多田由紀子
先生
37月22日多目的室1・2・3(旧中診3F)高脂血症と性差
―女性の高脂血症の診断と治療―
梅本誠治先生
48月26日多目的室1・2・3(旧中診3F)「脳内エストロゲン合成による性分化と性
ステロイド受容体発現制御」
篠田晃先生
59月30日総合研究棟女性の排尿障害松山豪泰先生
610月28日多目的室1・2・3(旧中診3F)「女性診療外来における尿失禁相談・
指導の実際と方向性」
「軽く見てはいけない女性の“動悸”」
東玲子先生

松田昌子
711月25日多目的室1・2・3(旧中診3F)閉経後骨粗鬆症の病態・診断・治療
-現状と未来―
石田洋一郎
先生
82005年1月
27日
多目的室1・2・3(旧中診3F)プライマリ・ケアでのうつの診断と治
療-女性のうつを中心にー
秋元隆志先生
92月17日多目的室1・2・3(旧中診3F)婦人科癌(子宮癌、卵巣癌など):診
断と治療の現況
武田理先生
103月17日多目的室1-3(旧中診3F)「不妊のおはなし
~基礎から生殖医療の現状まで~」
田村博史先生
115月26日多目的室1-3(旧中診3F)痴呆症(認知症)は女性に多い?野垣宏先生
126月23日多目的室1-3(旧中診3F)見逃してはいけないHIV感染症山田治先生
1312月5日多目的室4・5(旧中診3F)Gender-SpecificMedicine
―臨床の立場からー
松田昌子

 

 

3.シンポジウム、公開講座、施設視察等
①2003年11月22日国際シンポジウム「21世紀の女性医療Gender-RelatedMedicineinNewEra」開催
②2004年8月・RoseS.Fife,M.D.Director,IUNationalCenterofExcellenceinWomen’sHealthIndianaUniversitySchoolofMedicine
・ClevelandClinicFoundation
③2006年HP開設
④2008年3月15日市民公開講座「心と身体のリフレッシュ健康講座」ー楽しい代替医療ー
一般市民参加者:119名
午前:代替医療に関連した4つのテーマ、①メーク、②アロマセラピー、③運動、④排尿障害予防・治療によりシンポジウムを行った。
メーク:株式会社資生堂西中国支店お客様担当、神田淳子氏および助手が、実演をしながら心の健康とメークによる若々しさを保つ秘訣を講義。
アロマセラピー:日本アロマセラピー学会認定助産師が、アロマセラピーの効用を医学的機序も含めて解説し、アロマの精油などの香り、マッサージの実演を、11人の助手と共に指導、講義。
医学部医療環境講座の上田真寿美講師が運動の効用とウォーキングの実際をわかりやすく解説。
保健学科、村上京子准教授と山元公美子助手が排尿障害の概要と予防のための骨盤底筋体操の解説。
昼休み:アロマ、メーク、骨盤底筋体操などのデモンストレーション、山口大学女性外来ツアー、乳房切除後の特殊ブラジャー、化学療法による脱毛時に使用できる鬘、足によい運動靴の展示などを行った。
午後:東京女子医科大学附属「女性生涯健康センター」所長、加茂登志子教授による「女性とうつ」と題した特別講演を開催。男性より女性になぜうつが多いか、診断法、予防法などについて概説。
⑤2010年4月4日開設7周年記念市民公開講座及び医師向け教育講座「女性と漢方」~伝統医療で目指す健康美人~
講師:木下優子先生日本大学医学部内科学系統合和漢医薬学分野
4.「女性のためのヘルスプロモーションセンター」
2001年10月、よりよい女性の健康を目指し、女性のための保健活動、包括的女性医療の実践、性差を考慮した医療の発展を図ることを目的に発足した山口大学医学部教員有志の組織。
毎年1-2公開講座の開催、2004年より2回/年のニューズ・レターの発行、研究活動を行ってきた。

【受診患者】
開設~2011年6月30日までの総受診者数
新患2,488人
延べ受診者数16,900人

【おわりに】
女性外来を担当してきた9年間、医学的なことに関しては、自分の専門領域以外の疾患について浅いながらも広い知識を得ることができたこと、また、女性特有の症状に敏感であったために見落とさずにすんだ重症疾患を経験したことなどは、医師としての満足感を与えてくれました。また、患者さんからのメッセージとしては、「丁寧で親身な対応で、安心して受診できる」、癌の治療は多施設で受けているにもかかわらず当科を受診し続け、「女性外来で心を支えられていたから今がある」というような言葉で、女性外来の一つの役割が確実に認知されてきいると感じられ、力づけられます。見えてこない患者さんの中には、不満足で診療中止した人もいるとは思いますが、それ以上に満足してもらえた患者さんが多いのは確実で、これは、まだまだ未熟な人間であるにもかかわらず、医師であったためにもらえたご褒美のようなものです。やり残したことは、診療対象者がすべて女性であるために、性差という観点での研究があまりできなかったことです。これからそこに照準を当ててまとめてみたいと思っています。
文責:山口大学医学部附属病院「女性診療外来」主任松田昌子

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