女性外来10年史

薬物誘発性不整脈の性差について

薬物誘発性不整脈の性差について

東京医科歯科大学難治疾患研究所生体情報薬理学分野

黒川洵子
〒113-8510 東京都文京区湯島1-5-45 MD タワー19F

この度は、NAHW 入会に関しまして、諸先生方のご高配を賜り大変感謝いたしております。さらに、記念誌への投稿執筆の機会もあるとお聞きしまして、僭越ながら薬物誘発性不整脈に関する性差研究について、自身の研究も織り交ぜつつ、ご紹介させていただきたいと思います。研究室配属以来一貫して、イオンチャネル機能の制御機構の基礎研究を行っており、現在は心血管系生理の性差機構に興味を持っております。

諸先生方には「釈迦に説法」で恐縮ですが、新薬開発において、薬物誘発性不整脈の忌避はいまだ重要課題です。数多くのタイプの不整脈がある中で、薬剤により誘発されるタイプとしては、心電図 QT 間隔の延長を特徴とする QT 延長症候群が問題となります。分子レベルでは、心室筋活動電位の再分極過程に寄与するイオンチャネルの機能障害を伴うため、いわゆる「チャネル病」という範疇に属します。
QT 延長症候群の病因として、先天性と後天性があり、前者の先天性 QT 延長症候群について、分子遺伝的な解析が進められた結果、チャネル病の分子メカニズムが明らかとなりました。一方、後天性 QT 延長症候群の多くは薬剤投与によるものであり、患者の数もはるかに多く、特に「QT 延長毒性」と呼ばれ、新薬開発の大きな障害となる。後天性 QT 延長症候群を発症する薬剤として、キニジンをはじめとする IA 群や III 群などの抗不整脈薬などのほか、抗生物質や抗真菌剤、抗鬱剤、抗ヒスタミン剤、胃腸薬、麻薬など様々な薬剤が挙げられるため、予測が難しく、前臨床毒性試験における重要な関門となっています。
QT 延長毒性の原因は、多くの場合、再分極過程を促進する心筋 HERG (human ether-a-go-go-related gene)カリウムチャネルの阻害です。例外はあるものの薬剤によるhERG チャネル阻害は、不整脈発症の重要なバロメーターであり、薬物スクリーニングの必
須の行程となっています。しかしながら、不整脈の発生を正確に予測することは達成されておらず、TdP 予測の効率化・精度向上はいまだに重要な課題です。

QT 延長毒性は、多くのケースで、女性での発症頻度が男性に比べて有意に高く、「女性であること」は QT 延長毒性の危険因子の一つです。実に、女性における報告が男性における報告の2倍以上に達します。QT 延長毒性の性差には、もともとの QT 間隔の性差が関連するといわれてきました。Bazett 博士が 1920 年代に心電図を計測した当初より、QT 間隔は女性で有意に長いことが指摘されていました。幼尐時には QT 間隔の男女差がないのですが、思春期の訪れとともに男性で 20 ms ほど短縮し、女性では月経周期で変動し、特に卵胞期に最長となります。その後男性の QT 間隔も徐々に延長していき、60歳台頃には再び女性と同レベルになります。同様に、先天性 QT 延長症候群患者における不整脈発作は、幼尐時では若干男児に多いが、思春期以降は逆に女性で有意に高率となります。これらの臨床データから、QT 間隔が性ホルモンの血中濃度の変化に影響される可能性が指摘され、男女差のメカニズムとして性ホルモンの心筋イオンチャネルに対する作用が検討されてきました。
性ホルモンによる転写調節がまず集中的に調べられたが、長いこと混沌としており結論がでませんでした。その流れの中で、我々は、心臓における性ホルモンの作用に関する新知見を報告し、 QT 延長毒性の性差の背景となりうる新規の分子メカニズムを提唱しました。
近年,性ホルモンはゲノム作用では説明できない数秒~数分という迅速な作用を有することが分かり,「非ゲノム作用」と呼ばれ,注目を集めています.非ゲノム作用では,性ホルモンがペプチドホルモンのように細胞膜に局在した性ホルモン受容体や膜貫通型のnon-classical 性ホルモン受容体に結合して作用を発現するとされ,いくつかの細胞情報伝達経路も報告されています.心血管系では非ゲノム作用が性ホルモンの主作用と考えられ、血管拡張・心筋カルシウム過負荷予防・単球の内皮への接着性低下から動脈硬化予防など、心血管系に対して保護的に働くことが注目されています。下記に、我々の研究を織り交ぜながら、性ホルモン別に概説します。

1.テストステロンについて;
思春期以降に、男性においてのみ QT 間隔が短縮することから、テストステロンは QT 間隔ひいては活動電位幅の短縮に作用すると考えられてきました。ゲノム作用についての研究は既に出ていたので、モルモット心臓を標本として、我々は急性作用である非ゲノム作用を検討しました。心筋電気活動に対するジヒドロテストステロン(DHT:アロマターゼで分解されないテストステロン)の急性作用を心室筋細胞と摘出心臓標本で調べたところ、活動電位幅と QT 間隔が可逆的かつ持続的に短縮し、最大効果が5分以内に見られました。シグナル経路は、アンドロゲン受容体の非ゲノム経路であり、EC50は 5-6 nM とヒトの生理的血中濃度の範囲でした。同じ濃度範囲で、遅延整流性カリウムチャネル電流が増大し、L 型カルシウムチャネル電流が減尐しました。従って、アンドロゲン受容体非ゲノム経路の活性化による再分極の促進には、遅延整流性カリウムチャネルと L 型カルシウムチャネルの機能制御が寄与するといえます。
アンドロゲン受容体の非ゲノム経路は、アンドロゲン(性ホルモン)受容体 c-Src  PI3-K  Akt  NOS3  NO 産生です。それでは、NO が、遅延整流性カリウムチャネルを活性化し、L 型カルシウムチャネルを抑制する分子メカニズムは、どうなっているのでしょうか。NO の機能蛋白に対する作用メカニズムは、主にグアニレートシクラーゼを介したcGMP 上昇による経路と、チロシン残基・システイン残基を直接ニトロ化・ニトロソ化・グルタチオン化するタンパク修飾があります。NO による L 型カルシウムチャネル電流抑制作用は、従来の報告通り、グアニレートシクラーゼ阻害剤で阻害されますが、遅延整流性カリウムチャネルはチャネル蛋白がニトロシル化のターゲットとなっていることを見出しました。O の新たなシグナル伝達機構として、NO がタンパクのチロシン残基・システイン残基をニトロ化・ニトロシル化・グルタチオン化することが判明し、リン酸化と同様、ユビキタスな蛋白翻訳後修飾によるシグナル伝達として注目されています。ニトロシル化が極めて不安定な酸化還元反応であることから、より速く一過性のシグナル伝達を担うことにより、リン酸化反応との情報伝達の役割分担を行なっているのかもしれません。

2.エストロゲンの急性作用
エストロゲンが心電図 QT 間隔へ与える影響については長らく結論が出ていません。大規模臨床研究により、エストロゲン単独補充療法が約 2 ms ほど QT 間隔を延長すると報告されましたが、QT 間隔の男女差は 20 ms 程度であるので、寄与は小さいと思われます。それにも拘らず、経口避妊薬により不整脈発症が有意に上昇することから、エストロゲンが QT 間隔の調節のみでなく積極的に後天性不整脈を誘発するメカニズムがあることが予測されます。
我々は、生理的濃度範囲(0.1-1 nM)のエストラジオール(E2)が有意に活動電位幅を延長し,HERG チャネル電流が部分的に抑制されることを見出しました。エストロゲン受容体を発現していない培養細胞系においても、この HERG 抑制作用が見られたことから、ホルモン受容体を介さず、チャネルへの直接作用であることが示唆されました。HERG 変異体を用いた実験を行ったところ、S6(6番目の膜貫通部位)に位置する Phe656が E2 の作用部位であることが示されました.さらに、E2 は濃度依存的に HERG ブロッカーの抑制作用とQT 延長作用を増強しました.よって、このエストロゲンによる hERG ブロッカーの作用増強は,QT 延長毒性が女性で起こりやすいメカニズムの一つであると考えられます. しかし、実際には、血中エストロゲン濃度が低下する更年期以降にも、薬物誘発性不整脈は多く見られます。実は、E2 以外のエストロゲンであるエストロンサルフェート(E1S)も E2と同様の hERG ブロック作用を持ち、生理的濃度範囲内でほぼ最大作用を示すことも見出しました。更年期以降、E2 の血中濃度は劇的に下がりますが、E1S は副腎からも分泌されるので血中濃度はさほど下がりません。従って、更年期以降も E1S による hERG に対する作用は寄与する可能性があります。さらなる検討が必要ではあるが、この E1S による hERG 調節は、更年期女性での QT 延長毒性が比較的多いことを説明しうるかもしれないと考えています。

3.プロゲステロンの急性作用
これまで心血管機能に対する女性ホルモンの作用としては、主にエストロゲンについて調べられてきました。しかし、最近になり、プロゲステロンも性差に寄与するとの報告が出てきており、プロゲステロンによる性差形成のメカニズムに注目が集まっています。実は、女性の月経周期の卵胞期や出産直後のように血中プロゲステロン濃度が低下した状態では、不整脈発症の危険性が上がると報告されています。その背景となっているのは、女性の QT 間隔は性周期で約 15 ms 程度の幅で変動しているという結果であり、血中プロゲステロンが高濃度である黄体期には QT 間隔が短縮し、低濃度である卵胞期には QT 間隔の長が最大値をとります。 血中プロゲステロンの濃度の変化と QT 間隔の変化にタイムラグは見られなかったことから、急性作用の寄与が示唆されます。細胞レベルでは、テストステロンと同様に、急性的に心筋遅延整流性カリウムチャネルと L 型カルシウムチャネル電流が調節され、活動電位の幅と QT 間隔が短縮しました。アンドロゲン受容体の非ゲノム経路と同様に、プロゲステロン受容体→c-Src→PI3-kinase→Akt→eNOS と次々と活性化され、最終的に産生された NO がイオンチャネルを調節しました。この結果は、血中プロゲステロンが高濃度である黄体期には QT 間隔が短縮し不整脈発生頻度は低く抑えられているという報告に一致するものであり、性周期・妊娠による不整脈リスクの変動
と関連付けられます。

4.まとめ
以上、主に性ホルモンの急性作用の観点から QT 延長毒性の性差についてまとめました。
我々の最近の研究により、テストステロンとプロゲステロンによる非ゲノム経路の活性化は QT 短縮により QT 延長毒性のリスクを下げ、エストロゲンは hERG ブロッカーの感受性を上げる危険性があることが示唆されました。不整脈のリスクには複数の要因が関与す
るとはいうものの、システム生物学を利用したコンピューターシミュレーションによる不整脈モデルの解析により、性差を説明する結果を得ています。 しかしながら、不整脈発症の性差に直接結びつけるのはまだ早急であり、さらなる研究が必要とされます。将来的に
は、男女別の QT 延長毒性リスクの予測や予防に応用が可能となることや薬物毒性試験に性差の観点が導入されることを期待して、今後の研究を発展させていきたいと考えています。

参考文献)
1. James AF. et al., Prog Biophys Mol Biol., 94, 265-319 (2007).
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