女性外来10年史

「女性外来10年の歩み」に寄せて都立墨東病院での経験

「女性外来10年の歩み」に寄せて都立墨東病院での経験

柴田美奈子

私が勤務する東京都立墨東病院女性外来は2004年の7月に診療が開始されました。都民の要望に応じて、東京都から直接依頼されての開設であり、都立病院としては、大塚病院に次いで2番目の女性外来開設でした。
担当医はいずれも、女性外来開設に伴って新たに非常勤で墨東病院に勤務する事になった女性内科医3名で、以後、一部のメンバーの入れ替わりを経ながらも、現在も基本は内科医3名が中心となって診療しています。それぞれが週に一日ずつ、各自の専門分野を中心としながら、受診される患者さんのニーズに応じて、幅広くご相談を受けれるよう診療しています。数年前からは、心療内科のドクターにもレギュラーメンバーに加わっていただいたり、現在も院内の精神科の女性医師との連携を深めるなど、常に複数のスタッフで、プライマリーな事から専門的な事まで、ブロードの広い対応が出来るよう努めています。 診察室はプライバシーを重視して完全個室の静かな場所に設置され、専任の看護師が必ず常駐し、看護師が毎回医師の診察前に問診を細かく行い、それからあらためて医師の診察に入るというシステムをとっていますが、特に初診はたっぷり30分の枠を設け、ゆっくり時間をかけてお話しをうかがい診察できるようになっています。
お一人お一人に時間をかける事を前提としているため、絶対的完全予約制で、緊急疾患の対応は出来ませんが、従来の診療システムでは、充分な診察や説明が得られないと感じていた患者さんにとって、女性外来は「初めてドクターに話したいと思っていた事、質問したいと思っていたことが全部話せた。初めて安心して納得のいく医療が受けれた。」と、感じていただけ、非常に満足していただいています。

当院はこの8年間に、年間平均延べ1200名程度の女性外来受診者を受け入れてきましたが、そのご相談内容は実にさまざまで多岐にわたり、私たち担当医も、それまでに培った診療経験以上の知識が求められ、専門の垣根を越えて様々な分野について学び、まさに患者さんと共に悩み成長してきたと言えます。時には診断の非常に難しいケースや、治療や対応に難渋する症例にも数多く出会いました。
女性外来と言うと、主に更年期障害や月経関連疾患を診ているところと思われちですが、その範疇に留まることなく、慢性頭痛、尿漏れ尿失禁、産後の体調不良、骨粗鬆症、減量指導や栄養問題の疾患など、女性の生涯にわたるさまざまな疾患に取り組んできました。時には非常に珍しい症例(口腔内天疱瘡、脊髄小脳変性症、金属化学物質過敏症、大人の夜尿症など)や、社会的な援助の必要な症例(DV や家族に重病疾患を抱える例)のご相談、また上記の問題が複数に絡み合った非常に複雑な症例にも数多く取り組んできました。

そんな幅広く難しい症例とも向き合いながら、これまで私たちが女性外来を継続してこれた理由は、全国の同じ女性外来を担当する医師や看護師らと、定期的に勉強会を行い、そこで情報交換したり、励まし合ってきた事に依るところが大きく、またそれ以上に、受診された患者さん達から「女性外来を受診出来て本当に良かった」という声が沢山寄せられ続けたきた事に励まされてきたからだと思います。
実際に診療を担当している医師や看護師自身も、女性外来に「理想的な医療の実現」を実感し、そこにやり甲斐を見いだしてきました。
女性外来を受診される患者さんは、既に他の医療機関を複数受診されているケースが多く、それでも「治らなかった」もしくは「きちんとした診断名さえつかなかった」とされるケースが珍しくないのですが、それは決してすべてが特殊な難病だからではなく、その方の問題の基本的なポイントが見逃されていたり、要点が網羅されずにそれまで治療が進められてきたために根本的な改善に至らなかった、というケースがほとんどなのです。見逃されているポイントとは、その方が抱える隠れた精神的な問題や、複雑な生活背景、医師ー患者間の些細な常識のずれであったり、患者本人の思わぬ思い込みであったりします。そういった問題の要点をきちんと洗い出してから治療方針を立てるためには、診療の最初の段階で充分な時間をかけて、いかに漏れなく、適切な情報をあつめられるかが重要です。またたとえ同じ症状/病名であっても、それぞれ個々にアドバイスの仕方やお薬の処方の仕方を変え、現実的で効果的な治療方法の提案を、細やかにしていく必要があるのですが、女性外来はまさに、そういった事に適した診療形態を有しています。これを当院の初代の女性外来担当医のお一人が「オーダーメイド治療」と表現されていましたが、まさに女性外来は女性のプライマリーケアにおけるオーダーメイド治療の実現であると言えるでしょう。

実際、そういった理想的な診療を長く継続するという事は、医療スタッフ側にとっては、大変エネルギーを使う仕事であることには間違いなく、一日に非常に尐ない人数の患者さんしか診ていなくても、診療が終わるとへとへとに疲れてしまう事もしばしばですが、それまで長期間にわたってドクターショッピングばかりされていた患者さんが、女性外来受診を機に、すっかり元気になることが出来たり、パニックになってしょっちゅう救急車を要請していた患者さんが全くその必要がなくなったりと、経験を経れば経るほど、女性外来がいかに無駄な医療消費を無くし、短期間に想像以上の医療効果をあげる事が出来るかもわかってきましたので、私たちはそこに自分達の仕事のやり甲斐と誇りを持ち続けて来ることが出来ました。もちろん時には非常に難しい症例(理解に苦しむ症例)に出会い、困り果てることもありましたが、「諦めずに患者さんを深く理解する努力を、治す事にこだわらずに、とにかく患者さんに寄り添う診療を」という事を第一に心がけ、そうしているうちに、多くは解決に至ってきました。

女性外来を続けてくると、それ以前には気がつかなかった患者さん達の想いや事情、思わぬ勘違いが、適切な診療の大きな妨げになっている事もわかってきました。また一見すると、医療には直接関係ないように思われる患者さん達の訴えや思惑の中にも、重要なポイントが隠されていることが多々あるという事もわかってきました。
不思議なことに、問診票に書かれた最初の主訴と、実際に診察室で話される主訴が全く違うこともしばしばだったりするのです。
また患者さん達は、「女性外来を受診すれば魔法にかかったようにたちどころに病気が治るのではないか」と、過度な期待を寄せて受診される方も決して尐なくありません。しかし医療は魔法ではなく、過度な期待に応えるのが医師の仕事でもありません。共に、現実的な解決の道を探す努力をし、またその努力の方向性を間違えることがないよう、そのために大事なことを患者さんご本人によく理解していただき、そうできるよう私たちはわかりやすく適切な説明や指導が出来なければいけません。女性外来で私たちが特に重点を置いているポイントはそんなところにあると言えます。

巷に健康情報はあふれています。人々の関心はいま、自身の健康問題に一番フーカスされているとも言われています。しかし、残念ながら適切な情報が個々に適切に伝わっていない事がよく見られます。きちんとした医学知識を持った人材が、一人一人にあった情報を丁寧に正しく伝えていく女性外来的な対応機関がもっと必要です。

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