女性外来10年史

女性外来設立10周年に寄せて- 九州大学病院での取組:きらめきプロジェクトの歩み -

女性外来設立10周年に寄せて- 九州大学病院での取組:きらめきプロジェクトの歩み -

九州大学大学院医学研究院 保健学部門 (九州大学病院循環器内科併任)

樗木晶子

我が国の医学部女子学生は年々増加しており、医師国家試験合格者に占める女性の割合は 35%を超えた。約 27.8 万人といわれる総医師のなかで女性医師は 4.8 万人(17%、厚生労働省:平成 18 年 医師・歯科医師・薬剤師調査)と報告されている。欧米先進諸国においてはすでに女性医師の割合は約 30〜40%であり(仏、独:39%、英:39%、伊:30%、米 30%)、我が国においても、10 年を待たずして勤務医の約半数を女性医師が占めると言われている。女性医師の就労率は一般女性労働者より高いが、子育て世代と思われる 30 歳代では約 85%と 20 歳代・45 歳以降の約 95%に比べると 10%おちこみ、さらに約 10%(4,500 人)の離職が推測されている。一方、医師の都市偏在のため多くの地方病院が医師不足に悩まされており、診療科による医師の偏在も顕著となっている。女性医師が増えてきた現状に女性が継続して働ける環境を作らなければ医師不足や医療格差の問題は益々深刻となり男性医師を含めた就労環境のさらなる悪化を招く事は必至である。九州大学病院でも女性医師に対する支援が尐しずつ進んではいるが、研修医や医員クラスで約 40%を占める女性医師の割合が、助教以上になるとその値は 1/10 に減尐する。医員や大学院生の身分で結婚、出産となると、その身分保障は全くなく産休をとった時点で辞職となり、その後の復職は所属する医局のトップの理解と同僚の協力体制の有無に依存している。
九州大学病院では旭川医科大学、筑波大学、神戸大学、島根大学、岡山大学、大阪市立大学、和歌山県立医科大学、自治医科大学と共に平成 19 年度文部科学省大学改革等推進事業「社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」に採択され、女性医師・看護師の臨床現場定着及び復帰支援のために「女性医療人きらめきプロジェクト」を立ち上げた。女性医師のみならず全ての医師が働きやすい職場環境をつくるため様々な問題に尐しずつではあるが取り組んでいる。3 年間の支援期間の終了後、独自予算として継続し、まる 2 年間が経過した。病院の“空気”が徐々に変わってきたように感じるこの頃である。

1.きらめきプロジェクトのめざすもの

「きらめきプロジェクト」のめざすものの一つは育児や介護などのライフステージにより休職や離職を余儀なくされる女性医師だけでなく、自身の病気や様々な事情で常勤を続けることが困難となった医師に対して支援することにより、そのキャリアの継続をめざすことである。フレックス制、ワークシェアで非常勤勤務ができるステップアップ外来システムを設立し、短時間の勤務を可能とした。国立大学は独立行政法人化され、より柔軟な雇用が推進されてしかるべきであるが、九州大学病院には短時間正規職員制度や短時間医員という制度が未だ導入されていないため、産休終了後の乳児を抱える女性医師が復職を希望する場合、正規職員しか選択の余地がない。十分な保育サポートが得られない限り、通常の長時間労働や当直をこなすことはかなり困難であり、トレーニングの途中にありながら、結果的には育児と両立できる個人医院での非常勤医師としての2道を歩まざるをえない。中には離職も余儀なくされる。これまで多くの女性医師が専門医の取得や大学院課程の志半ばにして大学病院や研修指定病院を辞めざるをえなかった。「きらめき」では短時間勤務といえども各々の専門分野で外来診療を中心に専門領域のキャリアを継続することができ、一定期間の後には専門医取得や常勤として復帰できるチャンスを広く開いている。また、育児に限らず様々な理由でキャリアを中断せざるおえない医師に対して性別を問わずこのシステムを利用することができる。この活動の中心として「きらめきプロジェクトキャリア支援センター」を設立し、センター長には病院長を配した。現在、医師10名、歯科医師8名がセンター所属の非常勤職として外枠で雇用され、各専門領域の外来や検査業務にたずさわりながら、自身の研究なども継続している。これまでに35名の医師・歯科医師がこのシステムを数年間利用し、常勤医への復職や専門医取得を果たしている。このように「きらめき」に所属する医師・歯科医師はキャリアの一時期を非常勤職ですごすことをステップアップのためととらえ、このような外来勤務システムをステップアップ外来と名付けている。これまで小児科、眼科、外科、皮膚科、麻酔科、耳鼻科、心療内科、循環器内科と歯科部門の女性医師が利用してきた。子育て中でも、将来のキャリアにむけて非常勤職として大学病院や研修指定病院等で勤務することを望んでいる女性医師が多く、このような就労制度の潜在的需要は高いと考えられる。自由度の高い働き方により女性医師はライフステージに合わせた継続勤務が可能で、その能力を十分に活かすことができる。

2.女性患者のための女性総合診療外来とステップアップ外来の相互支援

女性外来は近年多くの施設で開設され、平成 18 年 1 月現在で 356 施設(医科大学付属病院 43、国公立病院 119、社会保険・労災病院関連施設 23、私立病院 171、平成 17 年度厚生労働科学研究補助金 子ども家庭総合研究事業 II-(10) 女性外来調査 主任研究者 天野恵子)と報告されている。
九州大学病院では平成20年4月に、きらめきプロジェクトと総合診療部が共同で女性総合外来を開設した。総合診療部の女性医師が中心となって完全予約制で性差医療を行い、専門的診療が必要と考えられたときには院内紹介にて対応している。「きらめき」に所属する各科の非常勤医師が中心となって女性総合診療外来を受診する女性患者の専門的診療にたずさわっている。

3.女性医師の現状調査

本院および関連病院に勤務中の女性医師に慢性疲労度、精神的健康度、女性が働き続けることによるストレス、生きがい、職場満足度、人的サポートなどについて 613 名に調査票を発送し回収できた 208 名の現状を分析した。慢性疲労度は平均 30%の女性医師に、精神的に不健康と感じる女性医師は全体の 44%にみられた。女性が働き続けることに対する様々なストレスを平均 30%の女性医師が感じており、職場環境に関する不満(特に休みをとれない、福利厚生の不足)は 40%にみられ、育児・介護サービスを利用できている人は 10%以下であった。さらに、趣味や自分自身のことに割く時間が無く、自分のライフスタイルを維持できないと感じている女性医師は 60%と多数であった。一方、人的サポート(相談できる相手がいること、アドバイスをくれる人がいるなど)は 50%程度の人が満足していた。この結果をもとに本院や関連病院に勤務している女性医師の抱える問題を解決するための方策をたて、この取組を行う際の基3礎データとして活用している。まずは福利厚生の改善として平成 21 年 10 月には終夜保育、病後児保育を行う院内保育園を開設した。制度的な整備を尐しずつ進めるとともに働く女性の抱える精神的なストレスと健康との関連をより明らかにし、どのような対策や支援がストレスの緩衝材となり健康維持に必要であるか検討を進めている。また、広くこの結果を発信することにより女性医師の置かれている労働環境やストレスに対する一般社会の理解も深まることを期待している。

4.ネットワークシステム及びホームページによる参加登録

現在、49 名の学外の医師が「きらめきプロジェクト」のホームページを介して登録しているが、今後もこれを促進し、女性に限らず学外の医師とも交流を広げてゆければと考えている。学部学生に対する情報提供も必要であり、医学部医学科、保健学科及び歯学部の学部学生・大学院生 2455 名も登録している。ホームページは徐々に充実しており、これを介して他施設とのネットワークシステムを構築することも必要である。

5.e-ラーニング教材コンテンツの作成

育児中は夜開催される講演会などに出席できない女性医師が多く、学習の機会が制限されることが多い。本学の情報基盤研究開発センターのもつネットワーク上で教育環境システムを提供する Web CT システムを利用し、登録した医師へ e-ラーニングコンテンツ教材を配信するシステムを構築した。教材として本院で定期的に開催されている研修会や講演会をきらめきプロジェクトのスタッフが収録し、それぞれのライフステージに応じた学部学生向けのジェンダー学講義、研修医向けの研修プログラム、専門職プログラムを組んでおり、e-ラーニング教材も増えている。ライブラリーを充実させるべく今後も種々の講演会、研修会の収録を計画している。自由な時間が尐ない女性医師が自宅にいながらにしてインターネット環境があれば、時間が許すときに知識を得ることができる。キャリアの継続をめざす女性医師にとって便利な学習手段と考える。現時点では登録された医療関係者と学内職員、医療系学生に配信しているが、将来的には学外公開可能コンテンツも設け医療関係者のオープンアクセスに対応する必要があると考えている。また、他大学で利用可能な形式でパッケージ化することもできるので他大学との交流も可能であり、お互いの波及効果が期待される。

6.医学部生に対するジェンダー教育、性差医学教育,ロールモデルとの交流

医学部生においてジェンダー論や性差医学を理解することは、これからの医療において必須の教育である。医学部 1 年生に一般教養としてジェンダー学の講義を2コマ、医学部 2 年生には性差医学入門を 2 コマ新たに開講した。女性医師が離職しないためにも学生時代からこのような教育を継続することが必要である。生物学的な性差を生かしながら男女がともにその能力をフルに発揮でき、仕事としての医療においてだけでなく人生を豊かなものにすることを考える機会となればと願っている。また、学生はなかなか、先輩のロールモデルと接する機会がないことから、学生と先輩との交流会を開催してきた。初回は女性医師として行政にたずさわり福岡県副知事として男女共同参画や医療行政にたずさわった稗田慶子氏、平成 20 年は身近に活躍する多様な働き方をしている女性医師・歯科医師など 5 人、平成 21 年は国立大学病院における初の女性病院長である水田祥代氏、平成 22 年は女性医師を妻としてもち「イクメン」を自4負している男性医師 3 人との交流会をもった。本年は法曹界で子育てをしながら活躍している弁護士の春田久美子氏から裁判官時代に経験した離婚裁判の話を聞き、医師・歯科医師の 3 カップルにも登壇していただき結婚・家庭とは何か、について考える機会を学生と共にもった。これからもジェンダーとは何か、医師としてどのように生きていくべきか、ということを考える機会を学生に提供してゆきたい。

7.人のみえる講演会の開催による医療関係者間の交流と啓発

これまで年に 1 回のペースで 5 回のきらめきプロジェクト講演会を開催し、医療関係者の啓発を行ってきた。初年は講師として内閣府において男女共同参画を含む我が国の行政に長年携わってこられた元内閣官房副長官、古川貞二郎氏を招聘したことにより、本講演会に女性医師だけでなく 250 名もの男性教職員を含む聴衆が集まり、広く女性医師支援開始のキックオフを公報することができた。女性医師のみならず、全教職員に対するインパクトのある公報となった。平成 20 年は医学、歯学、看護の領域の出身者からなる演者による講演会を企画し、「医師、研究者、企業人、そして母 — 女性医療人の生き方 三人三色」と題して、活躍する心臓外科医の野尻知里氏、歯学部出身で神経発生学の基礎研究者として、また、東北大学で男女共同参画を推進し女性研究者の支援に尽力している大隅典子氏、看護師で地方行政に市会議員として参加し、地域医療に貢献している馬庭恭子氏を迎え、型にはまらないパワフルな女性医療人の話を聞いた。参加した学生から医療人としての未来の描き方に広がりを持つことができたという感想もあり、それぞれの領域でインパクトのあるロールモデルを提示できた。平成 21 年は「組織を変えると女性が変わる」というテーマを掲げ、女性医師の活用で病院を活性化させた大阪厚生年金病院院長の清野佳紀氏、我が国の性差医学を率いて医療の在り方を示しつつ、女性医師に対する支援を継続している天野恵子氏、看護の分野から病院を活性化し、質の高い地域医療を推進している二人の看護部長 (萩市民病院看護部長 原田博子氏、近森病院看護部長 久保田聡美氏)の講演会を開いた。組織を動かし変えるにはトップの意識改革無しには不可能である。トップに変わってほしい、その願いを込めて開催したものである。平成 22 年は 3 年間文科省事業を共に推進してきた岡山大学病院の「MUSCATプロジェクト」の取り組みとこれからのチャレンジについて内科医である片岡仁美氏に熱く語ってもらった。地域医療との連携や次世代の育成にも力を入れておられる点で大変参考になる。本年は郷土の大先輩の医師で国連日本政府代表部公使の経験から国際的な視野から医療と女子教育に関わってこられた NPO 法人女子教育奨励会理事長の木全ミツ氏に、これからの健全な日本社会を目指して広い視野から語っていただいた。このような講演会と終わった後の交流会を介して内外の多くの方と知り合うことができ関係者の啓発にも役に立っている。

8.さいごに

教育と組織改革の 2 本柱による女性を主体とした医師のキャリア継続支援である「きらめきプロジェクト」の一端を紹介した。歯科医師を含め、これまで女性医師がこの制度5を利用して復帰に一歩ずつ近づいている。公立病院の小児科部長への復職、九州大学病院や主要な教育研修病院の医員としての復職、専門医資格の取得、博士論文の完成などプロジェクトでの成果が着実にみられている。一方で非常勤とはいえ女性医師の活躍は猫の手も借りたい外来診療において現場にゆとりをもたらし、医師全体の労働環境の改善に繋がっている。雇用している女性医師の人件費をはるかに上回る増収ももたらした。我が国の医師数は世界的に見て、けして多い方ではない。GDP や国民一人当たりの医療費は OECD 諸国の平均以下である。即ち、我が国の医療は尐ない医師数でより多くの患者に質の高い医療を提供している。医療費削減政策の見直しを計り、人件費へ充当し、最低限、当直後の継続勤務をしないで良いような適正な勤務医の労働環境を作らなければ女性医師のライフサイクルに応じた働き方を寛容する制度や社会の実現は難しい。男性とは異なる時間スパンではあるが、女性が働き続ければ平均的により長い生涯で為しえる社会的達成度ははるかに質量とも高いものとなるはずである。男女共同参画とは女性が男性と同じように競うのではなく、それぞれの生物学的性差を最大限に生かした人生を全うできる仕組みを作ることである。即ち、画一的な従来の男性社会の評価基準に甘んじない多様性を寛容することであろう。社会的に男性、女性と二極的に単純に分離されるものではなく、男女ともに様々な環境で生きている人がいる。男性医師が一時期歩調をゆるめるために非常勤身分として家庭や自身のバランスを回復する働き方をしても良いわけである。また、出産・育児に無関係に男性と対等にキャリアを紡いでいる女性医師も多くいるわけで、このような女性医師が抱える問題に対するサポートも考えてゆかねばならない。男女共同参画の推進のキーワードは女性の働き方の sustainabilityであり diversity である。これこそ女性の強みである。
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