女性外来10年史

女性のコレステロール問題とこの10年の歩み

女性のコレステロール問題とこの10年の歩み

医療法人ニコークリニック田中裕幸

1990年代後半、根拠に基づく医療(Evidence-basedMedicine:略してEBM)の掛け声の下、欧米の大規模臨床試験結果が次々に報告され、1997年に日本動脈硬化学会から高脂血症診療ガイドラインが発行されました。しかし、女性では更年期以降総コレステロールが高くなるものの、それだけで心筋梗塞を発症した症例を経験したことがない循環器専門医にとって、とてもガイドライン通りにコレステロールを管理する気にはなれませんでした。そこで“女性の高コレステロール血症にどう対応するか”をテーマに調べ始めました。1999年大阪大学で開かれた浜六郎先生(医薬ビジランスセンター理事長)の勉強会に参加、そのとき質問したことが縁で読売新聞の田中秀一記者(前医療情報部部長)と意見交換するようになりました。

2000年総コレステロールと冠動脈疾患死の関係に性差があるという英国の報告と日本人の臨床研究であるJ-LIT研究の問題点などをまとめ、地区医師会の臨床医学誌に「女性に対する脂質低下療法による冠動脈疾患予防にエヴィデンスはあるか」というテーマで論文を書きメディカル朝日に送ったところ、翌2001年7月号で執筆の機会を得ました。また2002年「知って得する女性の医療学講座」(西日本新聞社)を出版し、天野恵子先生にお贈りしたところ、既に女性外来を開設しておられた鹿児島大学の鄭忠和教授にご推薦いただき、2003年7月に臨時講師として学生講義(5年生)に出かけました。同年11月女性医療ネットワークの勉強会で東京初講演をさせていただきました。2004年週刊朝日新春号では“女性のコレステロール気にするな”の文字が表紙を飾り、女性のコレステロール問題がクローズアップされることになりました。同年創刊の「性差と医療」(じほう)ではエッセイを担当し、2作目の「日本人はコレステロールで長生きする」(PHP)も出版、人気テレビ番組“おもいッきりテレビ”にも3回出演しました。同年11月京王プラザホテルの研究会では「女性のコレステロールは下げるべきか、下げなくてもよいか」をテーマにしたディベートを行いました。その結果、2005年発行のEBM循環器疾患の治療(中外医学社)では「女性のコレステロールは高めでもよいか」をテーマに分担執筆することができました。また同年メディカルトリビューン、翌2006年日経メディカルオンラインでも短期の連載記事を書きました。しかし、ここまではこれまでの疫学や臨床の研究から得られた高コレステロール血症に関する性差情報をマスコミに流すという機会を与えられたにすぎませんでした。

そんなとき、浜先生の勉強会に再度出席したところ、シンポジストの大櫛陽一教授(東海大学)が“浜ちゃんは論文読んでばかりだからダメなんだよ。自分でデータを出さないと!”と仰ったのです。それを聞いて、私も今のままでは“他人のふんどしで相撲をとる”ようなものと思いました。そこで、頸動脈エコー検査による頸動脈IMT(内中膜複合体肥厚度)と血清脂質の関係の他、何か動脈硬化に影響する因子はないか試行錯誤。超悪玉といわれるスモールデンスLDLや脂肪細胞が分泌するアディポネクチンなどと頸動脈IMTとの関係も調べましたが、直接相関することはありませんでした。一方、同時測定した脂肪酸については、興味ある知見がいくつも得られました。魚油に多く含まれるEPAやDHAなどが高い例では、LDL-Cが高くてもIMT肥厚がない例がありました。このことは日本人の冠動脈疾患の少なさ、言い換えると絶対リスクが低いことを説明でき、LDL-Cをガイドライン通り管理する必要が無い症例が実際には多いことを意味します。その後、症例が増えるにつれ、日本循環器学会九州地方会や日本性差医学・医療学会で発表するようになりました。2009年の日本性差医学・医療学会の研究発表では、千葉県衛生研究所の佐藤眞一先生に脂肪酸4分画だけでなく、全分画を測定した方が良いとのアドバイスをいただき、その後の研究結果で非高血圧女性ではLDL-Cがリノール酸と最も正相関することやアラキドン酸が頸動脈球部IMTと正相関することが分かり、2010年更年期と加齢のヘルスケア学会では「女性の動脈硬化、真の悪玉はアラキドン酸」をテーマに発表したところ、学会奨励賞をいただきました。これらのことから、リノール酸はLDL-Cのリン脂質やコレステロール・エステルの主成分であるもののLDL-Cの質を決めているのはアラキドン酸であるとすると、女性の動脈硬化が必ずしもLDL-Cの量に依存しないという事実を説明できます。一方、最近ではコレステロール低下薬であるスタチンがリノール酸を有意に下げることも分かり、脂肪酸研究の必要性を再認識した次第です。

2010年より参加した日本脂質栄養学会のコレステロール委員会は、同年9月長寿のためのコレステロールガイドラインを発表し、女性のコレステロール問題が再びクローズアップされることになり、同年10月NHKのディレクターがコレステロールの性差をテーマに番組を作りたいと取材に来られました。その背景にコレステロール問題の鎮静化を考え、日本動脈硬化学会の北徹理事長(前京都大学教授)と寺本民生副理事長(帝京大学教授)が性差を容認してもよいとの立場にあることが分かりました。2011年1月NHKの人気番組「ためしてガッテン」に寺本副理事長が出演され、総コレステロールと冠動脈疾患死との関係に性差があることをNIPPONDATA80のチャートを用い説明されました。このことはこれまで厚くて破れなかった学会の壁を破るきっかけになると思い、天野先生にご相談したところ、日本性差医学・医療学会に「性差に基づく脂質異常症の診断と治療委員会」を作っていただき、2012年に予定されている日本動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドラインの改訂を念頭に入れた提言を行いました。その内容は日本性差医学・医療学会のHPのウェブ上に掲載されています。ただし、これは私のライフワークである“女性の高コレステロール血症にどう対応するか”についての中間報告でしかなく、少なくとも血清脂質と冠動脈疾患の関係以外に、脂肪酸や塩分、糖分を含めた食生活の性差も考慮した病態生理を解明しない限り、不要な薬物療法が消えることはありませんし、効果的な対処法も見つかりません。そこで、同委員である佐久間一郎先生(カレスサッポロ北光記念クリニック所長)のアドバイスを受け、今年、食事アンケート(BDHQ)を開始したところです。さて、この10年の歩みは、私のように地方で開業する医師としては十二分な活動ができたと自分では評価しています。この間、読売新聞、毎日新聞、週刊朝日、日経メディカル、メディカルトリビューンなどのマスメディアにこの問題を取り上げていただいたことが成果そのものと考えています。では、なぜ私にこのようなチャンスがもらえたのでしょうか?そこには、この分野のパイオニアである天野先生のご支持、ご支援があったからと思います。また前述の読売新聞の田中記者との地道な意見交換が時として日本一発行部数の多い新聞に掲載されたことで、マスメディアのネットワーク力を最大限利用できたのではないでしょうか。このような経験から、出来上がった男性型縦社会の厚い壁を打ち破るには、強引に正面突破することを考えるより、マスメディアを味方にしてじっくり外堀を埋める方が効果的と考えています。

ところで、私はあと4・5年もすれば日本の国家財政は破綻すると予測します。政治家は選挙第一の厚い壁に、増税もできず、無駄な事業を仕分けするマイナーチェンジを繰り返してきました。しかし、現在の人口ピラミッドを考えると、誰もこのままの形で社会を維持することができるとは思っていないでしょう。破綻すれば当然社会保障費の大幅な削減に迫られ、医療においても“過ぎたるは及ばざるがごとし”とも言える過剰診療は、この世から消えてしまうはずです。ただ、それまでは病気と思って心配する“女性の高コレステロール血症”の方も多いので、私もこれまで同様に少しでも安心できる情報を提供するつもりです。そのためにもNAHWの情報ネットワーク力が重要で、天野先生をはじめとする会員の一致団結が今後益々必要になってくると考えています。

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