女性外来10年史

実地診療における性差医学研究の重要性と日本性差医学・医療学会に期待すること

実地診療における性差医学研究の重要性と日本性差医学・医療学会に期待すること

ひつもと内科循環器科医院
院長櫃本孝志

私は大学卒業後20年を経過した内科医であります。卒後15年間は主に循環器内科医として大学病院および基幹病院で勤務した後、5年前より父親の診療所を引継ぎ一般内科開業医として地域医療に携わっております。大学病院在籍中において指導医の先生、さらに恩師である白井厚治教授から臨床研究の重要性を教えられ、その事が後の私の医師像に大きく影響し、開業医となった現在でも可能な限り自施設のデータから新たな臨床知見を見出すべく日々研鑽をつんでおります。今回、一般内科開業医の立場から実地診療における性差医学研究の重要性、さらに今後の日本性差医学・医療学会に対する期待を述べさせていただきたいと思います。非常に失礼なことと思われますが、長い間私は性差医学とは特殊な領域で、自分とはあまり関係がない分野であると考えておりました。しかしながら、内科開業医として日々の診察を行っている現在は、一般臨床医が性差医学を意識して診療を行うことが非常に重要なことであると認識しております。なぜそのように考え方が変わったのか、私にとって転機となった2つの事例を挙げ説明させていただきたいと思います。一つ目は女性の高コレステロール血症に対する考え方であります。循環器内科医として大学病院や基幹病院で勤務していた頃は患者さんの比率は男性が7、女性が3の割合でしたが、いざ開業してみるとその比率は男性が3、女性が7の割合となっており、特に高齢女性の患者さんが多く来院されることに驚きました。高齢女性の患者さんの中にはコレステロール値が非常に高値を示しているものの、80-90歳を超えても心血管イベントを発症せず、元気に来院されている方が大勢いらっしゃいました。循環器内科医の立場としてはコレステロール値を下げることが心血管イベントを予防していくための重要なターゲットであると教育されておりましたが、プライマリーケアの診療現場の状況から照らし合わせてみると女性の方には必ずしもこの考え方は当てはまらないのではないかと考えました。ちょうど、開業して血液流動性を測定する装置や動脈硬化を判定する機器を購入したこともあり、自施設の女性の高コレステロール血症患者さんの血液流動性(血液さらさら度)および動脈硬化指標と血中コレステロール値との関係を調査してみることといたしました。その結果、コレステロール値と血液流動性および動脈硬化指標との間には全く関連はなく、喫煙、運動習慣、血中イコサペント酸エチル濃度等生活習慣に関する因子が重要であると結論されました。単施設の断面調査ではありますが、少なくとも男性と女性の高コレステロール血症の取り扱いは分けて考えるべきであり、特に女性の高コレステロール血症患者さんにおいては、コレステロール値が高いからスタチンを処方するということではなく、その方の生活習慣や動脈硬化の程度によって治療を考えていくことが重要であると思われました。最近、女性の高コレステロール血症の取り扱いに関して議論の対象になっておりますが、大規模試験の結果を鵜呑みにするのでなく、実際に多くの女性高コレステロール血症患者さんの診療を行っている一般臨床医が様々な角度から検討しその答えを出すべきで、そのためにも臨床研究を行って検証していく必要性があると考えます。2つ目は男性ホルモンであるテストステロンとの出会いであります。開業医となって予防医学の重要性を再認識し、健康寿命を維持していくための医療、いわゆる抗加齢医学に興味を持ちました。抗加齢医学を学んでいく上でテストステロンの意義に注目いたしました。以前はテストステロンが高いと病気になりやすいと教えられていたのですが、抗加齢医学の教科書では、テストステロンが低いと動脈硬化が進行すると解説されておられました。実際、自施設の男性患者の血中テストステロン濃度と血管硬化指標であるCAVIの関係を検討したところ、両者の間には非常に強い負の相関関係を認め、年齢等で補正しても独立した関係を有しておりました。この研究結果を日本心臓病学会の性差医学のセッションにて発表したところ、座長をしていただいた天野恵子先生に大変興味のある内容であるとのコメントをいただき、心血管病危険因子としての低テストステロン血症の重要性を改めて認識し、正に性差医学を通じて日常診療における新たな知見が得られたものと感銘を受けました。今回、提示させていただいた2つの事例は、性差医学と日常診療を融合させることの重要性を示していると考えます。性差医学は特殊な外来だけで行うのではなく、一般臨床医がほんのささいな事であっても性差医学を意識した診療や臨床研究を実践していくことで、性差医学の裾野は無限に広がっていくものと思われます。しかしながら現時点では性差医学の重要性に関して、一般臨床医に幅広く認知されているとは言い難いのが現状です。会員の諸先生方には、御自身の研究内容を発展させることはもちろんの事、性差医学の専門家と一般臨床医が気軽に話し合える場所を数多く作っていただくことにより、性差医学会の新たな時代を築いていかれることを望みます。最後になりましたが、日本性差医学・医療学会が今後ますます発展されることを期待しております。

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