女性外来10年史

女性予防医学の確立に向けて

女性予防医学の確立に向けて

愛知医科大学産婦人科
若槻明彦

日本更年期医学会は今年の4月から日本女性医学学会へと名称が変更された。変更の大きな理由は、これまでとは異なり更年期周辺の女性のみならず、若年期から老年期まで長期にわたる女性のトータルヘルスケアを目的として、多くの疾病に対する予防医学を確立するためである。
本邦女性の平均寿命は世界でトップであるが、要介護期間は男性に比較して長く、QOLを維持できる健康寿命が重要視されている。要介護となる疾患は男性では脳卒中が、女性
では脳卒中に加え骨折がある。また、女性の死亡率は癌が多いが、心疾患に脳血管障害を加えた心血管疾患(CVD)によるものが癌より高率であることも知られており、CVDの発症
予防が女性の健康寿命の維持に貢献できると考えられる。CVDリスクは閉経頃から急増することから、女性の場合は男性とは異なり、エストロゲンを中心とした内分泌学的環境の
変化が大きく影響する。例えば、CVDリスク因子である脂質異常症、高血圧症、糖尿病の合併率は閉経後、40〜50%にまで上昇することがわかっている。従って、CVDリスク低下
のためには閉経前後からのスクリーニングと対策が重要となる。

一方、閉経前女性のCVD発症はほとんどないが、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病を経験した女性は閉経後に高血圧症と糖尿病に進展しやすいことが報告されている。また、多囊胞性卵巣症候群を合併した女性は、生活習慣病の発症と密接に関係することもわかっている。しかし、妊娠が終了すると見かけ上、血圧や血糖値などのパラメーターは一旦正常化
するため、その後のフォローがなされていないのが現状であり、今後定期的な検査を含めた管理が望まれる。

日本産科婦人科学会の女性のヘルスケア委員会が行った全国の産婦人科医師のアンケート調査によると、脂質異常症、糖尿病、高血圧症の管理に携わる頻度は極端に低く、内科的疾患に対する意識レベルの低さが改めて明確になった。このように女性の予防医学として我々産婦人科医師が今後取り組むべきことは、若年期からのリスク因子をスクリーニングして閉経後のCVD発症予防のための管理を行うことである。

CVD発症予防の具体的方法にまず生活習慣の改善があるが、女性の場合にはとくに効果的との報告がある。薬物介入についてはスタチンや降圧剤などがあるが、ホルモン補充
療法(HRT)も効果的な場合がある。HRTは2002年のWomen’sHealthInitiative(WHI)の報告以来、CVDリスクに対して否定的な意見が多かったが、最近になりHRTの開始年齢
やエストロゲンの投与量や投与ルート、さらには黄体ホルモンの種類などを考慮することでリスク軽減できる可能性がわかってきた。また、HRTは脂質代謝改善効果や新規糖尿病の発症抑制することも報告されており、閉経後に更年期障害を有する女性へのHRTは症状の改善のみならず、CVDリスク軽減といった副次的好効果も期待できる可能性もある。
これらのエビデンスを基に、日本女性医学学会では2009年にHRTガイドラインを策定し、来年度には改訂予定である。現時点ではCVDリスク低下を目的としたHRTは積極的には
推奨されないが、適応できる症例も少なくない。今後、HRTの使用についても再考されるべきである。

日本女性医学学会の中心はこれまで通り閉経周辺の女性を対象とした更年期障害や骨粗鬆症などの診断、管理が中心であるが、女性予防医学の確立は今後、産科婦人科学の新し
い領域となる。女性医学の基軸は女性の特徴を網羅した上での検査、診断、予防・治療を行うことであり、性差を重要視する点では日本性差医学・医療学会の方向性と同じである。
今後、両学会がともに発展し、女性の健康寿命の延長、QOLの維持につながることを期待したい。

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