女性外来10年史

千葉県立東金病院における総合診療科としての女性専用外来

千葉県立東金病院における総合診療科としての女性専用外来

千葉県立東金病院における総合診療科としての女性専用外来
竹尾愛理 (元千葉県立東金病院女性専用外来担当)

1.千葉県立東金病院女性専用外来の設立と目的
2.女性外来の実際(診療の実際の流れ、連携院内外、漢方、精神科、カウンセリング、勉強会)
3.女性外来における需要の実際(患者さんの主訴、疾患内容、ストレス内容、投薬内容)
4.臨床心理士によるカウンセリングの有用性について
5.明らかになった女性外来の需要と問題点
6、遺伝子研究について
7.女性医療(産科、育児領域、社会的性差、国の施策)における日本とスウェーデンの違い
8.まとめ

はじめに
千葉県立東金病院女性外来を開設以来担当させていただき、留学のため離れてから3年がたとうとしている。外来の仕事を通じてたくさんの方々とお会いすることが出来、たくさんのことを学ばせて頂いた。場から離れてこのような原稿を書かせていただくことは気が引けるのであるが、私の経験が今後の日本の女性医療のお役に立てば幸いである。

1.千葉県立東金病院女性専用外来の設立と目的
平成 11 年 9 月、千葉県立東金病院では、性差医療の実践を目的に女性専用外来が開設された。性差医療は、日本では天野恵子先生が提唱されたもので、それまでの男性における知見ををそのまま女性に当てはめていた女性の医療に対して、疾患の病態生理における男女差の視点を取り入れた医療を行うという概念であり、個別化医療(パーソナライズドメディシン)の一つでもある(文献 1)。また、これまでの医療は 3 時間待ちの 3 分診療といわれるように投薬が中心で患者さんの疾患の背景となっているストレスなどの話を聞くことが軽視されていた。人の心と身体は完全に分離しているわけではなく、心に対する過度の負荷が身体の病気を引き起こし、逆もまた真である。特に女性においては家族間の密接な関係の中で非常に大きなストレスが積み重なり心身の異常を引き起こすことが尐なくない。しかし、これまでの 3 分診療ではそれらのストレスを医療の場で受け入れる場が一般外来の範囲では乏しかった。また、これらのストレスに対して、女性は聞いて欲しい、受け入れて欲しいという希望が強いがそのような場もこれまでなかった。これらの課題を踏まえて担当医には性差医療の視点と共にじっくりと患者さんの話を聞く「傾聴」が求められ、初診時 30 分という、それまでの一般外来とは明らかに特徴的な女性外来が設立された。
この外来は、当時の千葉県の堂本暁子知事の意向で、女性に特異的な医療を行うという意思の基に行政が設立したという点が特徴的であった(文献 1) 。天野先生が診療方針のスーパーバイザーとして担当医の教育に当たった。東金病院の平井愛山院長は設立に当たって、健康千葉21のエビデンスに基づき、骨粗鬆症とホルモン補充療法による乳がんのチェックの必要性から、県の補助金により骨塩定量測定機とマンモグラフィーの設置を行い、新たに外科医師による乳腺外来や骨粗鬆外来を設置した。外来予約の増加により、非常勤医師を増やし、後に、臨床心理士、精神科医がスタッフに加わった。

担当医への教育
天野先生からは、性差により疫学及び病態が異なる疾患の概念と歴史背景についてお話があり、まずはとにかく徹底的に患者さんの話に耳を傾けるようにとの指導があった。また、村山正博監修、天野恵子編集 大川真一郎編集「女性における虚血性心疾患―成り立ちからホルモン補充療法まで」、及び青野敏博著「更年期外来診療プラクティス」 エキスパートが忚える女性ホルモン補充療法 Q&A」、を読むようにと言う指導を受けた。素晴らしい本であった。平井院長からは、初めに女性外来に関する内分泌学の視点と、4 大漢方である「当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝伏苓丸、桃核承気湯」の 4 種をマスターするようにという指導があり、千葉でのツムラによる漢方の勉強会が発足した。またホルモン補充療法に関する宮原富士子氏からの指導があった。以後天野先生主催の性差医療情報ネットワーク(NAHW)を中心に漢方や精神科疾患、産婦人科疾患など女性外来に関わる疾患や治療法の勉強会が数十回行われており担当医や看護師を含めて研鑽が行われ、交流の場にもなっている。

担当医による準備
産婦人科・乳腺外科・精神科・泌尿器科・皮膚科など、大学病院や市中病院、開業医の女医さんたちにご協力をお願いした。東金の地域の精神科などの診療所の男性医師の先生方にもご協力をお願いした。快く協力を引き受けてくださり、非常に感謝している。

2.女性外来の実際(文献 6)(診療の実際の流れ、連携院内外、漢方、精神科、カウンセリング)

当院女性外来において実際に行われている診療の流れについて具体的に記載する。

A.診察の予約
外来担当看護師が行う。予約の時点で緊急性が認められたり、乳腺腫瘤(外科)や精神科など早期の他科の診察が望ましいと思われた場合は、早めの当該科受診を勧める。

B. 受診
看護師による予診。受診者は予約 30 分前に来院し、診察に先駆けて看護師が予診を行う。
主訴や既往歴、家族歴、月経に関することなどの簡単な問診及び、身体所見の測定などを受ける。乳がん検診、婦人科の子宮ガン検診、骨密度、一般検診などの健康診断の有無についても聴取する。診察前に診療の焦点が明らかにする上で非常に有用である。

C,医師の診察~問診
傾聴を中心とした病歴聴取に重きをおく。医師は主訴中心に、これまでの病歴、受診歴、治療歴、体調の不良の背景にある家庭や職場の環境やストレスなどについて問診を進める。共感的、受容的に耳を傾けるということが重要である。特に、家族関係については丁寧に問診する。一連の症状の背後にあるストレス要因について、時間をかけて問診することである。現病歴として、これまで同様症状の改善を求めて複数施設を受診してきたものが多い。健康状態についての問診については、有月経者に対しては、月経の状況について詳細に問診する必要がある。月経周期、月経困難症や月経前緊張症などの有無について問診する。このように、女性ホルモンの背景について意識して問診する。更に、冷え性、便通、排尿の状態など、東洋医学的な観点からの問診も行うこともある。更年期症状で受診した場合、重症度を評価するため、簡易更年期指数などの問診を行うこともある。うつ病の有無を見分ける必要があり、MINI や SDS などの検査を施行することもある。統合失調症にも注意が必要である。その他器質的疾患との鑑別を念頭に置きながら問診する。ホルモン補充療法などを行うに当たっては、心筋梗塞、脳梗塞症を含め血栓症の既往歴、乳がん、子宮内膜癌などエストロゲン依存性腫瘍の既往や家族歴なども含めて問診する。そのほか、婦人科疾患などの既往歴、手術や化学療法、ホルモン療法などの治療歴聴取も有用である。中高年女性においては、高脂血症、肥満、高血圧症、糖尿病などの生活習慣病、狭心症などの冠動脈疾患の合併が多いため、これらの疾患を念頭において問診を行う。

D、医師の診察
一般内科外来と大差はないが、幾つか留意点がある。女性において注意すべき点は、頻度の多い疾患として、貧血、甲状腺腫があるため、眼瞼結膜での貧血の有無および甲状腺の視触診を丁寧に行う。甲状腺の大きさ、硬さ、腫瘤の有無などを丁寧に触診する。異常があれば、血液検査で抗体を検査したり、甲状腺超音波検査で精査する。そのほか、東洋医学的な診察のため、脈診、舌診、腹診を行っている。

E,検査
必要に忚じて行われる。血液検査については、更年期症候群が疑われる場合などに 17β-エストラジオール、FSH などを測定する。年齢に忚じて、必要があれば脂質、糖代謝、甲状腺疾患などの疾患を念頭に置き検査を行う。lowT3 症候群も多い。甲状腺触診で異常があれば超音波検査をする。骨粗鬆症にも留意する。必要時腰椎レントゲン検査(正面、側面) 骨塩定量を施行する。治療に当たり骨代謝マーカーの測定も有用である。そのほか、循環器、消化器、神経内科など、疑われる病態に忚じて、必要な検査を進めていく。当院では動脈硬化を測定するための、脈波伝導速度、頚動脈エコー検査が有用である。乳腺腫瘤の精査については外科においてマンモグラフィーや乳腺超音波検査などが施行されている。血中セロトニン(保険診療外) の測定が選択的セロトニン再取り込み阻害剤の適正使用やセロトニン減尐症候群の診断において有用である。外注検査については保険診療を考慮しながら行う必要がある。

F、治療
診断、面接、傾聴、カウンセリング(文献 6)
傾聴から開始し、カウンセリング、生活指導、栄養指導、丁寧な説明などを行う。薬物療法としては、漢方薬の有用性が特徴である。傾聴に関しては、問題に対するアドバイスよりも、じっくりと聞いて受け止めてもらえたことで、納得し、自ら問題解決の糸口を見出していくことも多い。十分に聞いてもらえた、受け入れてもらえた、分かってもらえたという満足感から、患者さん自身が解決方法を見出し、或いは気持ちを転換することが出来るのが、傾聴の最も大きな利点であるといえる。また、そのような満足を与えることの出来る、傾聴する心、そして技術が求められている。更年期の女性は、仕事と家庭の多くの役割を果たすことで疲れきっていることも多い。頑張りすぎず、休息をとることを勧める。規則正しい生活の生活指導も重要である。睡眠、栄養のバランスの取れた食事、適度な運動が有用である。受診者は自分の体調の不良についての十分な説明を求めていることが多いため、分かりやすい説明を心がけ、納得を得られるように努める。セカンドオピニオンを求めて受診する女性も多く、担当医が専門でない分野においては、専門の科や施設への紹介が必要であることも多い。2002年2月より臨床心理士によるカウンセリングが行われ、心理療法が必要な症例の治療に大きな成果を挙げている。
薬物療法
当院では処方薬のうち4割が漢方薬に占められている(文献 2)。
漢方薬を用いるときには、副作用として、主にオウゴン(黄芩)による間質性肺炎などに注意が必要である。KL-6 の測定を行う。肝障害も稀ではないため、使用前及び定期的な血液検査が必要である。それ以外では、ホルモン補充療法、選択的セロトニン再取り込み阻害剤、ベンゾジアゼピン形抗不安薬、睡眠導入剤、スルピリドなどが用いられている。スルピリドにおいては閉経前の女性では、高プロラクチン血症による月経障害、乳汁漏出に注意が必要である。ベンゾジアゼピン系抗不安薬の漫然とした投与を行わないようにする必要がある。
他科専門医への紹介:
女性外来には様々な主訴の受診者が訪れるため、専門医への紹介が必要なケースも多い。
当院での担当医師は内科、精神科であり、院内外の他科の医師との信頼関係に基づく連携が極めて重要な役割を果たす。必要に忚じて産婦人科、心療内科、精神科、整形外科、皮膚科、眼科、耳鼻科、神経内科、脳外科、鍼灸院、近医内科などに紹介する必要がある。
チーム医療:
また、女性外来では、看護師、保健師など多くのコメディカルスタッフが関わっている。
当院女性外来で行ったカンファレンスは地区保健所の保健師による勉強会、症例検討を行い有用であった。チームで医療が行われることが重要である。

3.女性外来における需要の実際(患者さんの疾患内容、ストレス内容、投薬内容)

次に、具体的な当院女性外来の受診者について、平成 13 年9月より平成 15 年 8 月までの2年間の受診者 879 名の解析結果について述べる。

年齢:受診者の年齢分布は 50 歳代が 37.9%、40 歳代が 27.6%と閉経前後の受診者が最も多かった。これは当院の女性外来において更年期症候群およびエストロゲンの減尐によって惹起される疾患の受診者が多いことを示している。受診者は 10 歳代から 80 歳代と幅広く分布していた(文献 4)。

主訴:受診動機として主訴は不眠、いらいら、うつ傾向を訴えたものが 23.2%、のぼせ、発汗、ほてりが 20.2% 、頭痛、頸痛、肩こりが 16.2%、易疲労感、だるさややる気の低下を訴えたものと胸痛や動悸、背部痛を訴えたものがそれぞれ 10.1%、幻暈、不安精神症状及び婦人科のセカンドオピニオンを求める患者がそれぞれ 9.1%であった(文献 1)。その他冷え、消化器症状、乳腺疾患精査希望、ホルモン補充療法の説明希望の例など多岐に渡り、内科、婦人科、乳腺外科、精神科・心療内科などの複数科の連携が必要であることがわかる。

診断:当院女性外来受診者の器質的疾患を中心とした診断についての分析を示す(図1A
文献 6)。
主病名の診断分類は、更年期障害が 27.3%と最も多く、ついで精神的疾患が 24.2%、器質的疾患が 21.6%、婦人科疾患が 15.8%、不定愁訴、頭痛、セカンドオピニオンと続いていた(文献 4)。更年期障害も精神的な症状が多く、メンタル領域の問題を抱える受診者が多
いことが示された。
この中で、精神科的疾患及び産婦人科疾患を除く器質的疾患と診断されたものについて検討した(図1B 文献 4)。分野としては、内科が 52.6%と最も多くを占めた。次に皮膚科、泌尿器科、整形外科が多く、神経内科、乳腺疾患、耳鼻科、脳外科、外科と幅広く分布していた。 次に内科器質的疾患では、生活習慣病が 28.3%と最も多く、骨代謝疾患を含む内分泌疾患が 20.2%、消化器疾患、自己免疫疾患(気管支喘息を含む)がそれぞれ 16.2%、循環器疾患が 13.1%、貧血、呼吸器疾患(気管支喘息を除く)の順であった(図 1B 文献 6)。
更に、具体的な診断の内訳について分析した。
生活習慣病では最も多いのが肥満症で 13 名、糖尿病が 8 名、高血圧症が 5 名であった。
次に多い消化器疾患では、過敏性腸症候群が 10 名と多くを占めた。自己免疫疾患では気管支喘息が 5 名と多く、シェーグレン症候群が 6 名、関節リウマチが 2 名であった。循環器疾患では狭心症が 7 名と多く、胸痛、胸部不快症状を示すものでは見逃さないようにする必要がある。不整脈も 2 名診断された。これは動悸の鑑別診断として重要である。内分泌疾患でも重要な疾患が診断されており、プロラクチン産生性下垂体腺腫が 3 名、甲状腺乳頭癌が 2 名、骨減尐症が 4 名、骨粗鬆症が 3 名、バセドウ病、橋本病、末端肥大症などもあった。その他線維筋痛症が 6 名、乳がんが 3 名、多発性転移性肺腫瘍、慢性硬膜下水腫など、命に関わるような疾患も多数診断されている(表 2B 文献 6) 。
このように、女性外来には、更年期障害や、精神的な悩みを抱え、どの科を受診していいかわからない、或いは病院を受診するべきかどうかわからない女性が受診するが、不定愁訴の中に重大な疾患が診断されることも多く、女性に多い疾患を中心に重要なプライマリケアの実践の場であることが明らかになった。

個人的に印象的なのは統合失調症の患者さんや、赤血球貪食症候群だった患者さんである。

女性外来で受診が多かった新しい疾患概念:微小循環性狭心症、線維筋痛症、セロトニン減尐症
微小循環性狭心症及び線維筋痛症は日本で天野先生が広く提唱されたもので、セロトニン減尐症は天野先生が始めて提唱された。天野先生の受診を希望し、東金病院女性外来に全国から多くの女性が受診している。セロトニン減尐症候群はストレスや女性ホルモンの減尐と関連して多種様々な体調の不良が見られ、全血中のセロトニンが極めて減尐している特徴のある病態の総称である。

ストレス因子:.受診者の体調の不良の背景となるストレス因子について(文献 5)
女性外来の受診者は様々な体調の不良を訴えて受診するが、その背景に大きなストレス因子が存在し、それが引き金になっている例が非常に多く見受けられる。ストレス因子に対する傾聴が非常に重要であり、一見何の関係もないそれらのことに対する言及がなければ、ただ検査値に異常はないと、不定愁訴で片付けられてしまい、何の改善も見られず、ドクターショッピングを繰り返してきた受診者が多いのである。 女性外来受診者の、直接体調不良に関わったと考えられたストレス因子について検討した(図2 文献 4)。
最も多かったのが仕事上のストレスで 18.0%であった。仕事の多忙を訴えるものが多く、女性においても過労が大きな問題となってきたことが伺える。その他、職場の人間関係、リストラ、職場や部署の異動などが挙げられた。長時間労働は不況の影響もある。
次に多く、深刻なのが介護の問題であり、16.5%を占めた。日本の平均寿命は世界でも最も長いが、その中で、寝たきりや痴呆の問題も同時にますます大きくなってきている。一方国による介護の負担はヨーロッパ諸国と比較して極めて低く、結果的に一家の主婦が一
人で負担しなくてはならないことが多い。更年期の世代では自分や配偶者の両親がそれらの問題を抱えることが多くなり、自分自身の体調不良とあいまって大きな負担を生じる。
特に痴呆においては、徘徊、排泄物の不始末など、周囲の負担は計り知れないものがあり、介護者は家に縛り付けられてしまい、24 時間目が離せない、介護者の名前を忘れてしまうなど、精神的苦痛も大きい。寝たきりの老人の介護では体位変換、入浴を含め介護者の腰や肩などの大きな負担となる。介護者は自由な時間も持てず外出もままならないこともある。それらの負担は女性に一手にかかってしまうことが多く、周囲の理解が得られない場合、いつ終わるか分からない介護による負担は果てしなく担い手を押し潰してしまう。介護によるストレス、また、介護が終わったときの荷おろしうつ病の受診者が非常に多い。
真面目な女性ほど負担が大きくなり、自分一人で全て引き受けてしまい、周囲に愚痴もこぼせず抱え込んでしまうということから大きな精神的な負担、発症になり易い。まず苦痛を傾聴し、介護はみんなで分担するべきことであり、自分ひとりで抱え込まず、多くの手で分担するように話し、ケアマネージャーとの相談、介護保険の利用などを勧める。必要であれば抗うつ剤など薬物療法を行い環境調整を図る。しかし、日本における介護の制度の充実が欧米、特にヨーロッパと比較して大きく遅れており、人口の高齢化を考えるとき、まずその改善が必要であろう。
次に多かったのが配偶者との関係によるストレスである。最も深刻なのがドメスティックバイオレンスである。夫による女性に対する暴力は昔からあったものだと思われるが、身体的暴力、言葉などの精神的暴力、暴力と優しいときの差が激しいなどの特徴がある。被害者は気がついたときには周囲から孤立し、また、自分がいないと夫は生きていけないのだという共依存に陥る。たとえ身近なものの間であっても暴力は犯罪であるという自覚、危険なときはとにかく逃げるべきであること、警察に通報することや女性センター、シェルターなどの連絡先を知らせる、暴力を一度振るったものは必ず再び振るうものなのだということを知り、精神的に自立していくことが何よりも大切であろう。勿論傾聴と必要があれば薬物療法などを行う。自己評価が低いことが多く、傾聴などを通じて高めていくことが大切である。当院では臨床心理士によるカウンセリングも有用である。最近はドメスティックバイオレンスの被害者同士のピアカウンセリングも行われている。現実には暴力を振るう男性自身がストレス耐性が弱く、ストレスの発散がうまく出来ず、社会的なストレスに耐え切れないことの表れであることも多い。抑制に必要な力の欠如から、暴力を通してストレスを転移することで女性に依存している。最近は加害者男性に対する支援プログラムも行われている。被害者や加害者の両親が同じような問題を抱えていたケースも多く、解決が難しく、専門家の関与が必要となる。
配偶者との性格の不一致の例も多かった。家事や育児に協力的でない、大声を上げる、物にあたるなど、日本ならではの男尊女卑が結婚生活をストレスの多いものにしていることが伺われた。モラスハラスメントともいえる。社会全体の男女平等が広まっていかないと解決が難しいと思われるが、女性の側の毅然とした態度も必要であるし、一方、脳の男女差が言われるように、男性と女性では思考回路などが異なるため、男性を良く知ること、および男性に女性を良く知ってもらうことも有用であると思われる。
配偶者の女性問題も多かった。臨床心理士によるカウンセリングが非常に有用であったことが印象的であった。
更年期前後の女性は自分或いは配偶者の身内との死別を経験する時期でもある。相次ぐ死別はうつ病の発症要因として重要であり、やはり傾聴を中心として心を受け止めていくことが中心となる。必要があれば薬物療法を行う。配偶者を失うことや、子供の死亡によるストレスも大きい。
子育てのストレスも多い。核家族化、尐子化によって、子育てをする女性は孤立している。ちょっと泣き止まないだけでもひどく心配しどうしていいかわからなくなる。隣の子供と比べて発育が遅いような気がしてとても不安になる。地域のネットワークがなかったり、夫や身内の支援が受けられなかったり、子供が育てにくい子供であった場合、また、更に女性本人が成育上に何らかの問題点を抱えていた場合、虐待に繋がることがあるといわれている。子育てというこれまで経験したことのない仕事、そして子育ては親、特に母親が全ての責任を負うべきという偏った社会的通念が母親を追い詰める。虐待は母親の悲鳴であるともいえる。子育ての地域支援、夫や身内による理解が必須であろうし、共働きも増えている現在、子育てのような重要で大変なことはみんなで分担すべきであることが尐子化対策としても不可欠であると考えられる。
その他、受診者のストレスは、嫁姑問題など婚家との関係、離婚、子供が独立した後の空の巣症候群、孫育てによる疲労など、多岐に渡っている。幼尐時の性的虐待による心的外傷後ストレス障害(PTSD)なども明らかになってきている。専門の精神科やカウンセリングなどでの治療が必要であるが、まだその実態の多くは明らかになっていない。大きな傷跡となるが、女性外来でも増加してくるのではないかと考えられる。
女性外来ではこれらのストレスに関して、まず傾聴を行うことが最も重要である。また、保健所に紹介したりカウンセリングと連携したり、精神科につなげたり、具体的なアドバイスを持つということで改善が見られてくることが多い。傾聴、受容、支持といったことが非常に大切である。必要があれば精神科など専門医に紹介するが、質の良い傾聴、問題の解決が見られないまでも患者の心に寄り添うことの効果が明らかになったのが女性外来であると言える。 東京ガス都市生活研究所レポート(2000)によると、男性のストレス要因は 40%と圧倒的に上司が多く、次いで同僚、配偶者の順となっており、他のストレス要因はかなり低いのに対し、女性のストレス要因は同僚と上司、配偶者、義親が並んで多い。近所や子供のストレスもかなりある。男性のストレスが職場に偏っていることは、特に日本における男性に対する過剰な社会ストレスの存在が伺われ、中年男性の自殺との関連性が示唆される。
このように社会的性差の影響は大きい。

私にとって最も印象深かったのは 10 年近い介護の後、姑を看取り、その後うつ病になった、というような複数の患者さんである。また数十年にわたるダウン症のお子さんの育児の後、神経症になった患者さんも印象深かった。今後社会的な援助が確立し、このように長期間孤独な介護に苦しむ患者さんがなくなることを希望している。

治療薬:
当科で女性外来が開設されてから25ヶ月間に処方された7731処方中女性専用外来における漢方薬の処方割合は 37.9% と、一般内科外来と比較して女性外来の治療において漢方薬が有用であったことが示された(文献 2)。内訳は加味逍遥散、当帰芍薬散、桂枝茯苓丸、
半夏厚朴湯、八味地黄丸、半夏白朮天麻湯、呉茱萸湯、温経湯、桃核承気湯などが多く使われていた(図 2 文献 2)。
次に 2 年間で更年期障害の女性に処方された漢方薬の内訳について検討した。女性専用外来で処方された漢方薬では、加味逍遥散が 23.1%と最も多く 、次に桂枝茯苓丸が 15.9%、当帰芍薬散が 7.5%と女性 3 大処方が半数近くを占めた。そのほか半夏厚朴湯、補中益気湯、桃核承気湯、半夏白朮天麻湯などが多く用いられた(図 3 文献2)。これらの漢方薬については女性外来担当医が適忚をマスターしておくことが望ましいと思われる。
開設してから 25 ヶ月の初診患者のうち、(更年期障害、更年期うつ病も含む)更年期害が関わっていると考えられた 272 名について、最終的な有効処方について検討した。ホルモン補充療法(HRT)が 21.2%と最も多く、マイナートランキライザーが 18.2%、次に加味逍遙散が 17.0%と続いた。次に、SSRI、桂枝茯苓丸、睡眠導入剤、当帰芍薬散、スルピリドの順となった。加味逍遥散は、HRT、マイナートランキライザーにも匹敵する有効性を持つことが明らかになった(文献 7)。

4.当院女性外来における臨床心理士によるカウンセリング(文献 3)

女性外来の受診者は、家庭内の大きなストレスや素因などにより、女性外来の診療のみでは解決できず、専門のカウンセリングを必要とするものも多い。このため、平成 15 年 2月、当院における女性外来では、臨床心理士によるカウンセリングを開始した。 女性外来におけるカウンセリングの有用性を検討するため、平成 16 年 12 月までにカウンセリングを受けた 23 名のクライアントの症状や疾患および治療経過などを分析し、受診者と医師、および臨床心理士のそれぞれにアンケート調査を施行した。
受診者は重症心身症や、人格障害、慢性疼痛など、精神科、心療内科的な疾患や複雑な背景要因を抱えていた。アンケート調査の結果、受診者では回答者全員がカウンセリングに対し全員が非常によかった或いはよかったと回答していた。内容としてはよく話を聞い
てもらえたことや、客観的に自分を見るきっかけになったことなどが挙げられた。担当医師は 75%のケースでカウンセリングが有効であったと考えており、全ての女性外来担当医師が女性外来におけるカウンセリングの有用性を認めており、今後の継続を希望していた。各ケースについて、カウンセリングの導入理由として、「女性外来においての傾聴のみでは診療効果が中々上がらなかった」が 53%、「精神的な部分について専門家の助けを借りたかったこと」42%、他、ドメスティックバイオレンスなどの精神的に難しい問題を抱えていることなどが挙げられた。臨床心理士による要望としては、医療従事者間の連携の充実が今後の課題として挙げられた。
女性専用外来において、臨床心理士によるカウンセリングが極めて有用であることが明らかになった。これは当院花澤佳子先生の極めて高い技術と能力による所が大きい。
臨床心理士からは、当院女性外来カウンセリングの適忚について、月に一回という限られた枞組みの中で、更年期障害の症状に心理的要因が強く影響しているケース・その他身体疾患の症状に心理的、性格的要因が強く影響しているケース(いわゆる心身症)・ストレスとの関連が明らかなうつ状態や不安状態などが挙げられた。紹介する女性外来担当医に対する要望としては、前もって来るケースの情報があるとよい。また本人の主体性を持てるような形でカウンセリングに臨めるようつないでほしい。医師と連携をとりながらやれるようにしたい。精神科通院中のケースは治療上の混乱を招く可能性があるので東金病院でのカウンセリング導入は慎重にしてほしいこと。女性外来の中での診療の限界以上の重いケースを院内で抱え込まないでほしい。と言うことが挙げられた。
担当臨床心理士の女性外来カウンセリングについての考察である。結局何かしらの改善がみられたのは、症状やその背景にある事情を自分自身の問題としてとらえ、整理し、振り返ることができる力をもった方達であった。また心理的問題を言葉にする力(言語化能力)は高く、心理的なエネルギーのレベルも強い印象であった。全体を振り返って印象的に感じたのは、ライフヒストリーの中で大変な時期があり、その時の無理がたまっていたものが更年期に前後して症状として表れている方が多く、また、多くのクライアントが配偶者や親という近しい関係の人に「大事」にされた経験が尐ないことであった。そういう方にとって、カウンセリングの場は自分のためだけの時間であり、問題となっている症状には一見無関係な内容であっても面接の中では受けとめられるという体験だけでも回復に役に立っているものと思われる。

5.明らかになった女性外来の需要と問題点

受診者は、更年期症候群や心身症、不定愁訴と呼ばれる体調の不良を訴えて女性外来を受診することが多かった。当該主訴に対して一度以上他の医療機関を受診した後に女性が以来を受診していたことが多く、これまでの日本の医療で問題が解決せず、話を聞いて欲しい、これまで他の医療機関の男性医療者に話を聞いてもらえなかったため、(女性)医師に共感して欲しいという希望を持ったものが多かった。傾聴のみで大きな効果を挙げるケースも尐なくない。また、漢方治療の有効性が大きく認められた。
女性外来の問題点としては、専門外である精神科疾患が多いことや長時間の傾聴によりそのような傾聴に慣れていない担当医に精神的負担が生じることが挙げられる。このため、東金病院では臨床心理士によるカウンセリング及び精神科医師の診療を開始した。これは受診者及び医療者に高い評価を受け大きな効果があった。また、チーム医療として、医師のみでなく、看護師、臨床心理士、地域の保健所の保健師や開業医の連携を行うことが非常に大きく役立った。精神科疾患、漢方治療など、担当医の専門外の領域に関しては、勉強会を重ねて研鑽を積んだ。
現在の問題点としては一人の受診者に対して長い時間を掛けることから、現在の保健医療制度の中で採算がとりにくいという事が挙げられる。現在の保険制度では、検査や投薬、診療人数のみが評価されるからである。しかし、これまで原因不明の体調不良としてドクターショッピングを繰り返し、数々の画像検査や投薬を続けても改善しなかった受診者が、女性外来における傾聴を含めた丁寧な治療により体調が良くなる場合は、医療費の削減につながる。将来的には女性外来専門医としての教育や専門性が確立し、女性外来加算などが認められることが望まれる。

6.エストロゲン受容体の遺伝子多型を用いた最適医療についての研究
女性ホルモンであるエストロゲンの生体内での作用は多岐にわたる。特に、閉経に伴うエストロゲンの低下によりうつ状態や睡眠障害などが惹起され、生活の質を著しく低下させる事などから、エストロゲンは中枢神経系において重要な役割を果たしていると考えられ、近年大きな注目を集めている。エストロゲンはエストロゲン受容体(ER)を介して生体内で機能を発揮する。1996 年に新たに発見されたエストロゲン受容体β(ERβ)の作用については、不明な点も多い。研究者は、これまでに更年期症候群の女性の ERβ遺伝子のCAリピート多型が精神症状と関連していることを明らかにした(文献 5) 。そして、250 名の更年期症候群女性のDNAサンプルを用いて重症の更年期症候群に対する女性ホルモン補充療法の必要性を 8 倍に増加させるシトシンーアデニンの繰り返し多型(CA リピート多型)を明らかにした(文献 8) 。

7.女性医療(産科、育児領域、社会的性差、国の施策)における日本とスウェーデンの違い

現在、留学を機にスウェーデンに居住し、妊娠、出産と育児を経験している最中である。
国が違えば女性の社会的環境も大きく異なる。特に社会環境の違いを実感することが多くこれが女性の生活上のストレスに大きく関わってきていると考えられるので、直接医療に関わらないこともあるが自分の経験した範囲を中心に記載させていただく。

一般医療に関しては、体調が悪ければ一般医が受診し、必要があれば一般医が専門医を紹介するシステムであるが、直接専門医を受診することもありうるが、要予約であると思われる。一般的に一人当たりの診察時間は専門科によるが長く設定されている(精神科 1 時
間など) 。救急の際は電話で看護師に相談し、救急科を受診、或いは緊急を要する際には救急車を呼ぶ。医療費の負担は一年間に約 1 万円が上限である。
妊娠
助産院が担当。産婦人科ではなく助産院で助産師が担当する。原則的に無料。助産師はほぼ全てが女性である。初診は妊娠 10 週。初産では妊娠の初期中期は約一ヶ月に一度。一回の一人当たりの受診時間は初回は 1 時間、後に 30 分となる。内診はなく、問診や質問に対する説明、子宮底長の測定、胎児心音の聴取のみで、必要があれば尿検査、指先の血液採取による血糖やヘモグロビンの測定が行われる程度である。超音波検査は一般には全過程において 2 回、病院などの専門機関にて行われる。超音波は助産師が担当であり、丁寧に説明してもらった。異常があった場合には直接病院の産科に電話して指示があれば受診する。私は腹痛や出血があった際に大学病院でスムーズに診察してもらったが、状況は都市部かどうかで変わってくると思う。ダウン症の検査(KUB;超音波と血液検査によるAFP,PAPPP)も無料であった(羊水検査も無料である)。毎回必要があれば超音波検査が行われる日本の産科医療とはかなり異なる。助産師の育成や助産院の設置など初期費用は多くかかったであろうが、医師が病院で産科医療を行うのと比較して検査などが尐ないことから圧倒的にコストは軽減されていると思うし、人数が不足し過労となっている産婦人科医への負担も軽くなっているのではないか。医療のみならず分業し効率を上げるということが日本の課題の一つだと思う。正常妊娠であっても医師が検診する日本のシステムはかなり贅沢であるともいえ、現在の日本の状況では医師の過労に依存している。ただし、受診回数が尐ない上に検査が非常に尐ないと不安を覚える一面もある。スウェーデンの妊産婦死亡率は世界でもトップレベルの低さであり、異常があれば医師に紹介するシステムにはなってはいる。助産師は高度の教育を受けており、責任とプライドがある。ちなみに、不妊医療は 39 歳までは無料である。大学病院勤務の産婦人科医師であっても一年に 5 週間の有給休暇が確保されていると聞いた。
出産
陣痛が始まってから出産希望の病院に電話をする。満床であれば断られることもあるので他の病院に行かなくてはならない。私は出産専門の、ホテルも併設されている病棟(県立病院内部に位置)を希望していたが、ベッドが満床でない限り受け入れられるシステムであった。助産師が担当であり、必要があるときは医師が対忚する。私の場合は陣痛促進剤を使用した際医師が訪室した。鎮痛の目的に笑気ガスが用いられることが多い。これは母体や胎児には安全であるが環境に有害であるために排気に十分な注意が払われているとのことである。パートナーは原則的に出産に立会い親子三人で宿泊する。母子に異常がなければ初産は 2 泊、第 2 子以降は 1 泊で退院。パートナーが 2 週間出産直後に産休を取得できる。
育児休暇
母親父親それぞれ 240 日ずつ取得でき、うち 60 日を除きパートナーが代わりに取得することが出来る。60 日は必ず自分で取得しなければならない。これ以外に出産直後の 2 週間(平日 10 日)の父親の休暇が認められている。育児休暇中それまでの給与の 80%が国によって支払われる。これは企業などの雇用者により賄われている。即ちスウェーデンでは母親、父親共に育児休暇の取得を可能にする福祉のための予算の多くは企業などの雇用者が負担している。収入が尐ない或いは全くない者に対しては国から一ヶ月当たり約 2~3 万円が支払われる(為替レートによって異なる)。育児休暇の後は必ず同じポジションでの復職が保障されなければならない。パターンとしては、母親が 1 年 2 ヶ月、父親がその後の 2ヶ月育児を担当する、というものもあるし、勿論父親がそれ以上の期間を担当するカップルも多い。曜日を決めて父母で交代で乳幼児の世話をする家庭も多い。
小児健診
母子保健センターで特定の助産師が担当。初回は環境を確認する目的もあり訪問してくれる。最初は週に数回、以後 1 週間に一回、2 週間、1 ヶ月と子供の成長にしたがって徐々に頻度が減っていく。身長、体重の測定や病気などの相談、及びワクチン接種を同じ助産師さんが担当。時間は一回に 30 分或いは一時間である。住所が近く赤ちゃんの月齢が近い両親を集めて両親学級が開かれる。後にメンバーが個人の家に集まってお茶や散歩をして、お互いに育児をする上で困っていることの相談をすることもある。母親が一人で悩んでノイローゼになることが避けられるのではないかと思う。
保育園
スウェーデンでは、両親が働くために子供を託児所に預ける権利があり、地方公共団体は、子供を預かる義務を法律で負っている。そのため、親が働いている等の理由で保育サービスを必要とする全ての1~12 歳児にサービスが提供されており、保育施設が充実している。費用は両親の収入により異なる。現在のベビーブームでかなり混雑しているが、希望の箇所でなくても希望の時期に保育園が確保される。給食があり弁当の持参の必要はない。時間は朝 8 時ごろから 4 時或いは5時ごろまでが一般的である。
児童手当
全ての子供に対し子供一人当たり約 11,000~15,000 円(為替レートによる) が毎月、生まれた次の月から 16 歳になるまで支払われる。
高齢者の介護
基本的に子供や嫁が同居・介護をする社会道徳的、或いは経済的義務はない。高齢者は基本的に出来る限り病院でなく在宅で過ごせるよう在宅ホームサービスが充実している。
身体に不自由がある高齢者が生活を続けられるようにエレベーターを増設するなど住居を改造したりすることも公的補助で行われることもあるそうである。病院に入るほどではないが疾患を持った高齢者のみで生活している場合は専用のアパートに入居することもある。住居そのものはそれほど広くないが最低限の台所などが備わっており、階下に居心地の良いレストランがあって食費を含めて一ヶ月 10 万円ほどで入居できるようになっている設備もあるそうである。負担は個人の年金の金額により高いものでは高く、低いものでは低くなる。高齢者に痴呆がある場合にはまた他の種類の施設となる。
年金制度
所得比例年金と最低保障年金がある。所得比例年金については、被雇用者が所得の17.21%(本人が7.0%, 事業主が10.21%), 自営業者は17.21%全額支払う。これには上限と下限がある。最低保障年金は収入が尐ないものにおいて国庫負担即ち税金で適忚される。これは現在一ヶ月辺り約8万円前後程度である。ちなみに日本では低収入でも国民健康保険では毎月17,100円ずつ(一年202,500円)払わなくてはならず、厚生年金保険料は、2007年の段階で14.642%の労使折半、2017年9月から18.3%にする計画であり、スウェーデンより負担が大きくなる予定であるが、それにも関わらず現役世代が年金を実際に受け取れるかどうかについてはあまり確かではないと言われている。

福祉の財源について
北欧は高福祉で知られており、税金が極めて高いと誤解されているが、実際に暮らしてみて個人的には負担感はそれ程強くない(現在定職についておらず所得がないことも関係していると思われるが)。ほぼ全ての人が約 30%の地方税を払うが、直接税は高所得者のみが所得に忚じて払う仕組みになっており上限が約 30%。消費税は書籍や新聞などと文化事業に関わる一部商品やサービスに対しては 6%、食料品、ホテル代、交通費などは 12%、その外が 25%である。即ち、生活必需品に対する消費税は福祉サービスに対して決して高くない。
スウェーデンの福祉の財源について日本と比較して特徴的なのは、企業や事業主がその多くを負担することである。企業の利潤は社会に還元されることが求められている。 年金保険(のうち 10%)、疾病保険(休業保障)、労災保険、両親保険は全て合わせて企業などの事業主が負担しており負担率は 32.42%にも上る。国民の個人負担は老齢年金のみ(の半分)である。2008 年のスウェーデンの法人税は 28%であり、これに社会保障の保険料である34%を加えると企業の利益の62%が税金として納められていることになる。日本では、社会保険は医療保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の 5 種があり、医療保険は本人が約 9%を負担しており、年々値上げされている。
即ち、社会保障の財源となる国民の負担は、スウェーデンで直接地方税約 30%, 年金保険料約 7%, 消費税は書籍や交通費では 6%, 食料品では 12%, そのほかの高級品などは 25%,すなわち高所得者でない場合 37%の直接税と年金プラス消費税で数々の豊かな社会保障を享受していることになる。比較して日本では例えば年収 500 万円の場合直接税が 20%, 地方税が 10%, 厚生年金が 7.3%、健康保険料が 9%で 46%の直接税、年金、健康保険料プラス消費税を支払いはるかに貧しい福祉である。実際スウェーデンで暮らしてみて、日本と比較して、1.5 倍程の負担で 10 倍ほどの還元が生活に得られているように感じている。スウェーデンの豊かな財政の理由として、資源が豊富であり財源が多いといわれているが、それが主体と言うよりはむしろ、政治において徹底的に透明性が確保されており、国民の意思が反映されるしくみになっており(これには社会民主主義の影響が大きい、資本主義の現実と社会主義の理想がうまくコラボレートしている)、道路工事や新幹線などの「公共事業」に兆単位でお金がつぎ込まれることなどが許されないことや、天下りに示されるような官僚や大企業や行政との癒着がないこと、ナポレオン戦争以来過去 197 年戦争に巻き込まれていない(ギネス記録)ことから莫大な無駄な出費がなかったことなどが挙げられる。選挙制度は全て、死票が最も尐なく利益誘導がない比例代表制であり、個人の意見が反映されることが実感されるためか選挙の際の投票率は70~80% と高い。政党は中道右派及び中道左派の 2 大政党グループに分かれており、争点はマニフェストで選挙前には徹底的にマニフェストについてテレビなどで討論される。精神文化としては、現在は無宗教の人が多いものの、歴史的にはキリスト教の新教主体であるため政官民の癒着を認めず潔癖である。歴史的背景としては、スウェーデンの身分制議会は、貴族、聖職者、ブルジョワジー、農民からなる 4 部会が敶かれており、17 世紀から農民が参加していた。北欧諸国では、寒冷な気候のため生産性の低い土地であるため、封建制、農奴制或いは規制地主制の発達が妨げられた。そのため自由農民がはぐくまれ、物を言う農民の伝統があったため 4 番目に身分として農民が加えられたそうである。

ちなみに、日本の国庫負担の公共事業費はGDP(国内総生産)と比較して、アメリカ、フランス、ドイツ、イギリスの平均の約 3 倍、社会保障費は約 2.3 分の一である。高速道路やダムや空港の建設、新幹線やリニアモーターカーに税金をつぎ込んで国家財政が深刻な赤字になったことが伺える。ちなみに、社会保障に財源を使った場合の雇用効果は同じ金額を公共事業に費やした際の 3 倍にも上るそうである。
スエーデンでは、平等や人権に対する意識が高く、労働時間は法律において厳しく制限されていて「過労死」と言う言葉が存在しないと聞いている。労働組合の加入率も世界でトップクラスである。2011 年に発表された男女平等格差指数間(イラナイ?)では男女間の格差は世界で 4 番目に尐なく、一般的に男性も育児や家事に対する責任感が強い。社会的にもそれが可能なシステムになっている。135 か国中 98 番目である日本と対照的である。勿論医療制度を中心に様々な問題が提議されているが、日本の方が状況ははるかに深刻であると思われる。成熟した民主主義で、それを人々が支えている。

日本とスウェーデンにおける政治・社会的背景の違いと女性のストレスとの関わり このように、日本とスウェーデンでは社会環境が大きく異なる。社会環境とストレスとの関わりは大きいと感じている。例えば、東金病院女性外来受診者において健康を損ねた原因であるストレスの第一位が過労であったが、労働時間が法律で厳しく定められていればこのようなストレスは避けられる。第 2 位は配偶者との関係であったが、男女平等が認められ、配偶者の暴力に対して厳しい処分が認められれば暴力から逃れることは可能になってくると思う。但し、スウェーデンでも配偶者による暴力、特に飲酒と絡んでの暴力が問題になっているそうである。男性が女性を尊重する文化が進めば性格の不一致も尐なくなってくるであろうし、男性が早く帰宅し家事育児を分担すれば育児のストレスは圧倒的に減るだろう。婚家との関係の最も大きな問題は嫁姑問題であるが、スウェーデンでは一般に義理の家族との関わりは強くなく、社会道徳的な介護義務も生じないため嫁姑問題や介護問題による精神的ストレスが発生することは日本と比較して尐ないと考えられる。同居が非常に尐ないため特に長期間の介護による重度の精神障害が見られることは稀であると思われる。育児に関しては、長期にわたる有給の育児休暇と復帰後の同じ職務が保障され、小児保健センターでの定期的な相談、一定のレベル以上の保育園への入園が高負担なく確保されることによりストレスは軽減されると考えられる。この結果が出生率に顕著に現れている。スウェーデンでは出生率が 1999 年に 1.5 まで落ち込んだが後上昇し 2009 年1.94 である。日本では 2005 年の 1.26 からわずかに増加して 2010 年現在 1.39 である。 このように、政治社会的背景と女性の健康と幸せは非常に強い関係があると実感している。幸福度の指標としてとして知られる 2011 年度のOECD34 カ国ののより良い暮らし指標(your better life index)では、スウェーデンが 3 位、日本は 19 位で、特に日本ではワークライフバランスが 4.1 でワースト 3 位、生活満足度が 4.5 でワースト 7 位と極めて低かった。一方日本は、安全性や教育については高い評価であった。 (日本とスウェーデンの税制そのほかについては間違いがありましたらご指摘いただきた
い)

まとめ
当院女性外来においては、更年期症候群、精神科的疾患、婦人科的疾患、内科的器質的疾患、不定愁訴など多岐にわたる疾患の受診者が受診する。傾聴を重要視しながら、精査に基づく診療を十分な知識を持ち、重要な疾患を見逃さないようにして、東洋医学などにも精通しつつ、診療に当たることが必要とされる。担当医は内科、産婦人科、精神科、東洋医学の知識を持ち、他診療科、コメディカルスタッフとの連携が重要であり、カウンセリングが非常に有効である。 女性の大きなストレス要因に対する長時間にわたる傾聴は医療者の心理的負担を生むことがあるため、グループ診療や、担当医自身のストレスコーピングが発展されることが望まれる。更に女性外来の専門性が認められると医師の環境は良くなるであろう。 女性外来診療はこれまでどのような検査や治療にも反忚しなかった多くの病態を改善していることから、医療経済効果が期待されており、今後具体的に明らかにされることが望まれる。 多くの疾患や臨床像に性差があることが明らかになっており、今後、多くのエビデンスを元に、診療が発展していくことで、新たな病態や治療法が明らかになり、ホルモン背景の基礎研究も含めてさらに個別化した医療が実現することが期待される。 スウェーデンでの育児を経験して、社会的背景が女性の心理社会的ストレスと健康に大きな関連があることを実感している。国民が勤勉で細やかで素晴らしい伝統文化を持つ日本という国で更に人権が確立し民主主義と男女平等が実現し女性の健康と幸せが発展することが望まれる。


Figure legends
図 1 A 受診者疾患分類 (n=879) B 器質的疾患分類
表 1 A 病名分類上位 10 器質的疾患 精神科疾患 産婦人科疾患 B 内科疾患病名上位
10 C その他の科疾患病名
図 2 受診者の心身不調の原因となるストレス要因(複数回答可)(n=316)
図 3 女性外来で開設から 25 ヶ月間で用いられた漢方薬
図 4 更年期症候群の治療に開設から 25 ヶ月間で用いられた漢方薬

参考文献
1. 竹尾愛理 平賀幸枝 大西真澄 平井愛山 千葉県立東金病院における女性専用
外来の歩み フロンティア 全国自治体病院協議会雑誌 41 803-11 2002
2. 竹尾愛理 女性専用外来で有効な漢方薬について 千葉漢方ルネッサンスー30 回
記念―第 30 回千葉東洋医学シンポジウム 九段舎 34-42 2004
3. 花澤佳子 竹尾愛理 平井愛山 女性専用外来における臨床心理士によるカウン
セリングの有用性について 医療マネジメント学会雑誌 16(3) 544-549 2005
4. 竹尾愛理 天野恵子 平井愛山 ほか 患者の思いに寄り添うことを具現化した
医療―女性外来 ~器質的疾患とストレス因子についての検討~ プライマリ・
ケア 28 39-43 2005
5. Takeo C, Amano K, Hirai A et al. Association of Estrogen Receptor β gene Polymorphism
with Menopausal Symptoms Gender Medicine 2 95-104 2005
6. 竹尾愛理 天野恵子 平井愛山 性差を考慮した女性外来診療の実際 医薬ジャーナル 42(1) 77-84 2006
7. 竹尾愛理 天野恵子 平井愛山 更年期障害における加味逍遥散の有効性につい
ての検討 産婦人科漢方研究のあゆみ 2006
8. Takeo C, Ugai K, Araki J, Zhang L, Baba M, Ohashi W, Ueno K, Suzuki Y, Amano K, Hirai A,
Muramatsu M. Pharmacogenetics of hormone replacement therapy for climacteric symptoms
Biochem. Biophys. Res. Commun. 374 604-608 2008

Copyright © 2014 Japan NAHW Network. All Rights Reserved.