女性外来の診察室から

No.73 日本人が開発した「第5のがん治療」(当団体理事長)

本文の内容は天野惠子先生のメールマガジンで6月20日に配信されたものです。
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薬瓶と注射器

日本人が開発した「第5のがん治療」―光免疫治療

人体に無害な近赤外線を照射してがん細胞を消滅させる、がんの新しい治療法「光免疫治療法」が世界で注目を集めています。この治療法は、2012年に米国大統領(バラク・オバマ氏)が、連邦議会両院の議員を対象に行う一般教書演説(年頭教書)で「米国の偉大な研究成果」とこの治療法の可能性について言及したことから、世界の注目を浴びました。しかし、その後臨床治験に向けての資金繰りにあえいでいた小林博士に、救いの手が現れました。この治療法に大きな可能性を抱いた三木谷浩史楽天代表取締役会長兼社長が、2013年、光免疫治療の治験に向けての資金供与を英断され、臨床治験が進められたのです。2020年9月には、光免疫療法で使われる新薬「アキャルックス点滴静注」が世界に先駆けて日本で正式に薬事承認され、事業が本格化しました。光免疫療法とはどのような治療法なのでしょうか。今年出版されたアメリカ国立衛生研究所(National Institute of Health: NIH)の分子イメージングプログラム主任研究員小林久隆博士の新書本(小林久隆著 がんを瞬時に破壊する光免疫療法 身体に優しい新治療 が医療を変える 光文社新書 760円+税)の紹介をしつつ、がんの治療について考えてみたいと思います。

 

前書きで小林先生はこのように言ってます。“NIHも新型コロナウイルスの影響を受け、2020年の4~5月はがん患者の受け入れは救急以外、すべて休止せざるを得ない状況になった。急を要する手術以外はすべて延期となったため、がんが悪化し、命を落とした方も少なくなかった。私たちが忘れてはならないのは、世の中がどんな状況になろうとも、世界中で年間約2000万人が罹患、約1000万人が死亡し、日本でも年間約40万人が命を落とす「がん」という病への対応も着実に進めていかなければならない”

 

本文は第1章~第5章に分かれています。

第1章:光免疫療法とは何か

第2章:IR700の発見

第3章:治験

第4章:化学への目覚め

第5章:変容するがん医療

 

今回は、第1章の光免疫療法とは何かの紹介です。

 がんの治療といえば、「外科手術」「放射線」「化学療法」が三大治療で、がん医療の発展により約半数のがん患者を生還に導くことができるようになりました。放射線科医として勤務する中で、小林医師はあることに気づきます。

「従来の三大治療では、治療によってがんが寛解したとしても、体が元通りの状態に戻るということはまずない。外科手術の場合、がん細胞だけでなく、周辺の臓器を大きく傷つける。臓器に備わっていた機能も同時に失われるため、この領域の免疫反応をほぼリセットしてしまう。抗がん剤治療の場合、投与すると細胞を殺す毒が全身を駆け巡るため、がん細胞を苦しめることになると同時に、正常細胞へのダメージも避けることができない。放射線治療は、非侵襲的と言われるが、がん細胞や近くの正常細胞だけではなく、組織を再生する幹細胞も壊死させるため、治療した部位の組織は再生することはなく、固い線維に置き換わってしまう。さらに三大治療の大きな課題に、一通りの治療を終えても、それがただちに“成功”であるとは判断できないところが厄介だ。常に再発・転移の可能性があるため、片時も心が休まらない」

そこで、小林医師は、がん細胞だけを死滅させ、治療後も免疫力を落とすことなく、後遺症を残さない治療法はないものかと思考を重ね、基礎研究の道に分け入り、今回の快挙に行きついたのです。

がん細胞の表面には、正常の細胞には見られない種類の突起物(受容体)があります。小林医師が目を付けたのは、頭頚部、皮膚、乳房、肺、胃、すい臓、胆管、大腸、子宮頚部、膀胱がん等、最も多くのがんに発現しているEGFR(上皮成長因子受容体)です。これが抗原で、このEGFRに対する抗体を作成・投与することにより、極めて選択的にがん細胞のみを死滅させることができるのではないかと考えられたのです。研究の途中経過については、著書をご覧になってください。小林医師がなぜ日本ではなく、米国で研究をつづけたのがよくわかります。コロナに対する対策を見ていても、日本の政治家は、科学的思考の欠如された方が多く、情緒的な判断がまかり通っています。科学立国日本は、いつの間に観光立国日本になってしまったのでしょう。

 

さて、完成した光免疫療法の紹介です。

光免疫治療は、「IR700」という、この治療のために開発した特殊な薬剤を搭載したEGFRの抗体を投与し、その翌日に(その抗体が癌細胞にほどよくくっついたタイミングで)近赤外光を1ケ所につき、ものの5~6分程度照射するという手法です。

 

がん細胞だけに特異的に結合する抗体を使用し、この抗体に近赤外線によって化学反応を起こす物質IR700を搭載し、静脈注射で体内に注入します。この抗体は、がん細胞膜表面に現れるたんぱく質の抗原にピタリとくっつくので、そこを目印に近赤外光を照射すると、組み込まれたIR700が反応し、それまで水溶性だった性質が一変し、水に対して不溶性の物質へと変化します。結合した抗原と抗体は不溶性となったIR700を覆おうとするため、抗原が引っ張られて細胞膜に小さな傷がつきます。細胞膜の表面には、細胞によってばらつきがあるものの、1万個程度の傷がつけばがん細胞が破壊されるということが分かっています。この化学反応があちらこちらで起き、この傷によって細胞膜が外からの水の流入に耐えられなくなり、流入した水でがん細胞の体積は急激に膨張し、膨れ上がった細胞膜が裂けて、抗体のついたがん細胞のみが破壊されるという仕組みです。細胞を包んでいる膜を化学物質の反応を使って破り、細胞を殺す。ここでいう抗体とは、直接にがんを死滅させる役目を持つのではなく、いわば爆弾の「運び屋的」役割を担うものです。細胞膜が破れれば、どのような細胞も生きていくことができません。細胞が細胞として存在しうるのは、膜が外界から細胞内部の機構を守っているからです。また一方で、この方法のいいところは、光を当てていっせいにがん細胞が破壊されてしまうと、がん細胞の中からがんに特異的な種々のがん抗原が大量に周囲にばらまかれます。そうすると、がん細胞の近くにいる全く健康な自身の免疫細胞が、異物が侵入して来たと認識して、それら(抗原)を取り込んで、がんに特異的な抗原をもっている細胞を攻撃するように命令を出します。自身が持っている免疫機構も働き、わずかに生き残ったがん細胞も殺すことができると考えられるのです。

 

この治療法は、現在、切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌(扁平上皮癌)について保険診療となっています。また、既存の治療で根治が困難な、食道部の扁平上皮がんならびに切除不能な進行・再発胃がんについても治験が進みつつあります。この治療法について関心のある方は、下記の国立がんセンターからのお知らせ(がん光免疫療法全般に関する Q&A 2021年2月9日)をご覧になってください。

https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/topics/2021/0209/NCCHE_illuminoxQA_20210209.pdf

 

トピックス2.新型コロナワクチン2回目接種後の副反応

ファイザーワクチンについて、厚生労働省が、5月30日までに国内でファイザーのワクチンの接種を受けた人はおよそ976万人で、そのうち、20代から60代の男女合わせて7人が心筋炎や心膜炎を起こしたと医療機関から報告があり、このうち6人は男性で、2回目の接種後に症状が見られたと報告しています。

実は、イスラエルから2021年6月1日、「同ワクチンはイスラエル国内で500万人以上に投与されているが、保健当局の調査によると、ワクチン接種が始まった2020年12月から21年5月までの間に275例の心筋炎発症が確認され、そのうち148例はワクチン接種から1カ月以内に発症し、27例は1回目の投与後、121例は2回目の後だった。いずれの場合も、約半数は基礎疾患のある人だった。大半は16-19歳を中心とした若い男性で起こり、ほとんどの場合、患者の入院期間は 4 日以内、95%は軽症と分類された」という報告がありました。日本でも、若い男性、2回目の接種後、症状は軽いとのことです。

最後に、医療者向けの情報発信Care netに分かりやすい新型コロナワクチン2回目接種後の副反応の比較が出ていましたので、貼り付けておきます。

 

 

静風荘病院 特別顧問 女性内科・女性外来 天野 惠子

https://seifuso.or.jp/about/magazine/2021february/

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