女性外来の診察室から

No.39「今こそ、性差医療の知見を社会に向けフィードバックすべき時」

東京女子医科大学総合診療科/女性科(総合内科) 准教授 片井みゆき先生の投稿です。

   東京女子医科大学の「女性専門外来」診察室が、荒川区日暮里のサテライトクリニックから新宿区河田町にある東京女子医大本院へと今年4月に移転しました。東京女子大本院として「女性科」を新設し、今後、女性医療に関係する各科が連携していこうという動きの一環で、私達はその総合内科分野を担うことになりました。

 2007年に東京女子医科大学東医療センターに日本初の性差医療部が誕生するということで、私自身は前任の信州大学医学部附属病院から東京女子医科大学へと招聘を受けました。ちょうど10年目となる本年、東京女子医科大学で女性医療の本拠地が、分院である東医療センターから本院へと移るのに伴って私達スタッフも患者様共々、本院へと異動になった次第です。今回ここで、性差医療部開設後から今日まで約10年間の取り組みを振り返った上で、今後に向けた提言もさせて頂きたいと思います。

 

 東京女子医大日暮里クリニックは、大学病院の診療をもっと身近に感じて頂きたいというコンセプトのもと、200710月に日暮里駅隣接の立地にクリニック形式でオープンしました。その大きな柱の一つが、地域住民からのニーズを受けた“女性専門外来の拡充”でした。そのため、女性専門外来を担う専任医師が配置され「性差医療部」として常勤3名と非常勤9名の計12名体制で各科の女性専門医が連携する女性医療(性差医療)を今年3月までの約10年間行って参りました。全国の女性専門外来の中でも医師数・受診数共に最大規模で、受診者数は年々増加しピーク時の初診者数は約900/年、2016年度の年間総受診者数はのべ8500人以上となりました。性差医療・女性専門外来という新しい取り組みに対する社会的な注目度は非常に高く、新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等からの取材も数多く頂き、約130件に及びました。それらの報道を見て、全国各地、さらには海外からも、なかなか解決しない症状に悩む女性の方々が受診して下さいました。

 

 当女性専門外来を受診された多くの方々が、既に何ヶ所もの医療機関を受診されており、内科的には問題ない、精神的なものではないか、単に更年期によるものではないか等と言われ、対症療法を受けても症状が解決せず悩んでいる状況でした。女性の示す症状に精通した複数の診療科の女性専門医達が連携した診療で、不調の原因を調べてほしいという思いで、中には新幹線や飛行機に乗ってスーツケースを引きながらお見えになりました。それらに方々の症状を傾聴し、女性が示しやすい症状や疾患を考慮した鑑別診断を組み、精査すると、当科を受診された約24%の方々に、症状の原因と思われる器質的な(内科的な)疾患が見つかりました。つまり当科を受診された約1/4の方々は、従来の診療では診断に到達しておらず、性差医療の視点を入れた女性専門外来で診断に至ったということになります。

 

  これらの方々の経緯、すなわち、どういう方々が従来の診療の枠組みでは診断がつかなかったのかを分析してみました。その結果わかったことは、

①複数の疾患が存在した場合、一つの診断はついても、それにマスクされる形でもう一つの診断が隠れてしまう

②特に更年期の女性は様々な愁訴を訴えるので、全て更年期症状とされがちで他の病気があっても発見されにくい

③内分泌疾患の場合、いわゆる検査一式(生化学一般、血算、検尿)に内分泌検査の項目が入っておらず、検査自体がされていないので、発見されていない。さらに、内分泌疾患は精神症状を伴うことも多いので、メンタル疾患によるものとされてしまいがちである

④非典型的な症状を訴える場合は、その疾患自体が疑われず検査がされていない

⑤採血検査では異常なく、画像検査まで行わないと診断がつかないような疾患の場合(血液検査で問題がない=内科的に問題なし=疾患なしと言われていることが多々見受けられる)

⑥複数の診療科にまたがるような症状を訴える場合には、なかなか内科的(器質的)疾患診断が付きにくく、メンタル要因にされやすい傾向がある

ということでした。

 

原因として見つかった疾患は様々ですが、最も多い原因疾患は甲状腺機能異常(低下症・亢進症)でした。と言うのは、甲状腺疾患はもともと女性での頻度が高く、更年期症状と症状が大変似ているため、更年期症状に隠れて気づかれにくいという背景があります。甲状腺機能低下症の主因は橋本病ですが、橋本病の体質を持つ女性は、女性全体の約10%という高頻度なのです。他にも様々な疾患が女性専門外来で発見されましたが、なかには更年期障害を疑って受診された方が、急性白血病あるいは悪性脳腫瘍であることが初診時に診断され、救急搬送を要することなどもありました。

 

女性医療を行うには幅広い知識と様々な診療科の連携も必要であることがわかりました。女性医療を組み立てる上では、産婦人科、内科、精神科の医師の連携は日常診療で必須だと思います。様々な症状に対する鑑別診断を主に担うのが、内科となります。内科分野では、性差が顕著かつ女性に多い疾患として、甲状腺などの内分泌疾患、膠原病、循環器疾患の知識は特に重要です。さらに症状に応じて、めまいなどに対し耳鼻科、尿漏れなどに対し泌尿器科、乳腺外科との連携があるとより良いと思われます。

 

この10年間、女性専門外来に専従し、性差医療・女性診療を行わせて頂いたことは、通常ではなかなか経験のできない稀少かつ貴重な機会でした。非典型例や応用問題のような難しい症例に日々出会い紐解いていくなか、医師として非常に多くのことを学ばせて頂き、性差医療・女性診療を行う上での貴重なスキルを体得させて頂きました。今後は、こうした経験をこれから女性医療に携わる方々や一般診療を行う方々へもフィードバックし、女性診療・性差医療から得た知見やスキルを、一人でも多くの医療者や医学生達へお伝えしていけたらと考えています。

 

 最後にさらに申し上げれば、今後の日本の状況を考えますと、性差医療の重要性を医療者はもちろんですが、行政、政財界、一般の方々にもご理解頂くことが大変重要なのではないかと思っています。今後さらに加速する少子高齢化に伴い、男女を問わずシニアを含めた一億総活躍時代となります。その健康管理、生涯を通じた健康の維持において、性差と加齢を考慮した性差医学・医療は欠かせない視点であると考えます。また、性差に配慮した労働・社会環境を整えなければ、今後の少子化に歯止めはかけられないと考えます。さらには、現在日本の人口ピラミッドのピーク層を構成する団塊ジュニア世代が、今後更年期世代に突入し、特に更年期女性の健康問題は、働き手の確保、医療経済の両面からも重要な課題です。性差医療の知見を普及させることで、更年期を含め女性の様々な症状に対する鑑別診断がスムーズとなり、無駄な検査や受診が減り、女性の生涯を通じた活躍と医療費抑制へも確実につながります。

 

 性差医療・女性専門外来が日本に導入され20年近くとなりましたが、今の時代に望まれる女性活躍、少子化解消にとっても、性差医療の視点は欠かせないものです。今こそ、これまで得られた性差医療・女性専門外来からの知見・経験の蓄積を社会にフィードバックし、政策や企業経営・戦略等にも活かして頂くべき時なのではないでしょうか。私達に何ができるのか、各界の方々とどのようなタイアップが可能なのか、是非とも皆様のお知恵やオファーを頂きたいと切に願う今日この頃です。

東京女子医科大学総合診療科/女性科(総合内科) 准教授

全国医学部長病院長会議男女共同参画推進委員会委員

東京都男女平等参画審議会委員

片井みゆき

えいえいおー

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