女性外来の診察室から

No.35 女性外来立ち上げから今までを振り返って①

天野惠子理事長の投稿です。

 

2001年、千葉県立東金病院に女性外来を立ち上げてから、16年が過ぎようとしている。

 

病気の成り立ちや、診断・治療における男女の差について気づくきっかけとなったのは、40歳の時、高校時代の同級生から相談を受けた狭心痛(微小血管狭心症)である。

 

私の母校(都立日比谷高校)を卒業した女性を対象に、1999年に行ったアンケート調査から、このような胸痛が決して少なくは無く、発症ピークが更年期前後にみられ、少なくとも10人に1人は経験しているという事実を知って、何とかその本態を突き止めたいと思ったが、今もって突き止めることが出来ないでいる。

しかし、臨床的には太い冠動脈の狭窄による狭心痛と異なり、

 

①女性に多い、②安静時・就寝時に多い、③5分以内で痛みが消えることが多いものの、半日やそれ以上続くこともある、④ニトロが無効、⑤多くは34ケ月に1回ぐらいの頻度であり、更年期症状の終了と共に発作が消失することが多い、⑥心身のストレス、冷え、不眠で悪化する、⑦胸部のみならず、喉、顎、耳、両腕、心窩部などに痛みが放散することも多い

 

などの特長があり、問診のみで診断することも可能である。

 

その後、自分自身の更年期体験から、更年期症状によるQOLの低下は女性の一生において大きな問題であることを認識し、性差医療とその実践の場である女性外来の普及に力を注いできた。

女性外来の現場では、医学教育の過程で学ぶことの無かった、多くの貴重な体験をし、情報発信をすることが出来た。

中でも印象に残っているいくつかを紹介したい。

 

1.更年期に見られる精神症状

身体症状については、私自身がひどい更年期症状を経験済みだった(のぼせ、火照り、発汗、不眠、関節の痛み、皮膚の硬化や弾力の低下、尿漏れ、下肢から腰まで広がる痺れと冷え、睡眠で軽快しない疲労感、頑固な便秘、視力の低下、記憶力・集中力の低下など)こともあり、患者さんと向き合っていても自己の体験から、確信を持って「それは更年期によるものですね」と言えた。

 

しかし、私の場合、イライラ、うつなども含め、精神症状は全くと言っていいほどなかったため、イライラ、うつはともかく、下記のような患者さんの訴えは、驚き以外の何者でもなかった。

 

①「閉経後、突然、主人のやること、なすこと全てが気になり、いらいらする。話もしたくない、そばによってきて欲しくない、離婚したい。

②「生理が不順になってきたころから、急に怒りっぽくなって、先日は主人を足蹴りにして、肋骨骨折を起こしてしまった。自分で感情の激高を止められない。

③「先生、このごろ、自動車を運転していて、赤信号なのに、耳のそばで“アクセルを踏め、アクセルを踏め”と言う声が聞こえるんです。

④「コンサートに行って、2階席に座っていたんですけど、私の体からもう一人の私が遊離して、1階へ飛び降りようとするんです。

 

幻視や幻聴を訴える方も少なくなく、「でも、こんなことを天野先生以外に話したら、精神科に行けと言われて、薬漬けでしょ。そうなった方を知っているので、誰にもいえませんでした」とのこと。

 

とりあえず、①の離婚したいと言う方には、時間をかけて話を聞き、私なりのアドバイスをさせてもらい、しばし別居をしていたが、更年期の終了と共にご自宅へ戻られた。

②のご主人を足蹴りにした方は、甘麦大棗湯が彼女のヒステリー症状を軽減してくれた。

 

③と④のかたは、ご自分でおかしいと言うことを認識されているため、「更年期のせいかもね」と言いながら半年ほど経過観察していたが、自然に症状は消失した。患者さんの「精神科に行ったら、抗精神薬が出されると思って行かなかった。行かなくて良かった」と言う言葉が耳に残っている。

 

2.微小血管狭心症

更年期前後の女性10人に1人は経験する狭心症であるが、日本での認知度は、循環器内科医も含め、いまだ十分とはいえない。

しかし、今では、女性だけでなく、PTCA後に微小血管狭心症に良く似た症状があるといって受診される男性も少なくない。心臓の冠動脈の構造を見たとき、心臓の表面を走る冠動脈(Epicardial Artery)に流れる血液は全体の1/3、心筋の微小血管内を流れる血液が2/3であり、心筋内の微小な血管の異状によって生じる狭心症にもっと気がついて欲しい。

http://www.j-circ.or.jp/form/kankoubutsu/guuideline_index.htm

  

3.更年期以降の高脂血症

更年期以降の高脂血症に、スタチンが当然のように出されることに疑問を感じたのは、自分自身の経験からである。

閉経後総コレステロールが180mg/dlから290mg/dlに突然上昇した。

色々調べてみると、欧米では高脂血症の治療に際し男女別の基準値が用いられていること、スタチンの処方割合は、男性が7割、女性が3割であることが判明した。一方、日本での処方割合は、女性に7割、男性に3割で、日本においては女性に対して過剰投与が行われていると言い続けてきた。

2006年に発表された疫学研究NIPPON DATA 80の結果から、コレステロールと冠動脈疾患による死亡率(10年以内)の関連において、日本でも男女で大きな差が認められることが明らかとなり、2012年の日本動脈硬化学会による動脈硬化性疾患予防ガイドラインで、年齢と性差を考慮した

指導が取り入れられた。

 

日本動脈硬化学会(編): 動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版. 日本動脈硬

化学会, 2012

 

4.難治性神経疾患と和温療法

和温療法は、そもそもは難治性心不全の患者に有効性が認められている温熱療法である。http://www.waon-therapy.com/

 

私は、自分自身の更年期における種々の不定愁訴といわれる症状が、入浴のあと数時間だけ消失し、元の自分に戻れていたという体験から、早くから和温療法を難治性の疾患の患者に使ってみたいと思っていた。

 

2009年、千葉県を定年退職した後、大学へ戻る誘いもあったが、和温療法をやりたいという私の願いを叶えさせてくれる医療施設として、埼玉県新座市にある野中東晧会 静風荘病院(東京大学医学部の同級生が経営者の一員)へ就職した。

和温療法は、当初は、治療の難しい更年期症状の女性たちを対象としていたが、その後、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群の患者の治療として唯一無二の治療となり、今では、難治性神経疾患の患者のQOLの回復に大活躍をしている。

 

次回、一例として、大脳皮質基底核変性症の患者を提示する。

 

性差医療情報ネットワーク理事長・静風荘病院 特別顧問 天野惠子

http://www.seifuso.or.jp/shinryo/joseigairai

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