山口大学医学部附属病院女性診療外来 松田昌子先生の投稿です。
先日、ホットフラッシュを主訴に女性外来を受診された45歳の患者さんをご紹介します。
主訴:ホットフラッシュ
病歴:
約1年前から月経周期が不規則になっていたが、数か月前からほてりやのぼせ、異常発汗などが出現するようになった。更年期障害と考え来院。高血圧、糖尿病の既往なし。数年前より軽度の脂質異常を指摘されていたが未治療。
喫煙歴25年(20本/日)で、禁煙の意志なし。専業主婦。
既往歴:月経痛が強く、20歳代はピルを服用していた。30歳以上の喫煙者にはピルは使えないと言われ、中止した。
家族歴:母方祖母はくも膜下出血のため50歳代で急死。母方叔母は、脳動脈瘤に対し予防的にクリッピング手術施行。
この患者さんの訴えは、閉経期特有の血管運動症状であり、ホルモン補充療法(HRT)が最も即効性のある有効な治療法と考えられますが、この方が喫煙者であることから、HRT使用による効果とリスクを慎重に検討する必要があります。
今回、更年期症状に対するHRTの位置付けと現時点でのコンセンサス、推奨される使用ガイドライン、喫煙者対象のHRTのリスク、上記の患者さんに用いて有効であった大豆イソフラボンの代謝産物であるエクオールについて述べます。
Ⅰ【更年期症状に対するHRTの位置付けと現時点でのコンセンサス、推奨される使用ガイドライン】
性ホルモンの一つ、エストロゲンの作用が、生殖器に限らず、心・血管系、骨、神経系臓器や脂質代謝などほぼ全身に及び、女性の長寿に貢献していることがわかってきた頃から、閉経後女性に対するHRTの目的は、従来から認められていた更年期症状の緩和に加え、虚血性心・血管疾患予防、脂質代謝改善、骨粗鬆症予防など加齢に伴う疾患の予防においても大いに期待されるようになりました。
しかし、米国国立衛生研究所(NIH)が行っていた閉経後女性に対するHRTの効果についての大規模試験(Women’s Health Initiative:WHI)が、乳がんの発症率、心血管イベントの増加など、総合的なリスクが利益を上回るという理由で2002年に中止された後は、HRTの対象は急性の更年期症状の緩和に限定し、最小量で最短期間投与するよう推奨されることになりました。
しかし、その後、WHIの対象者の選定など研究方法そのものに問題があったことが明らかになり、研究中止後も様々なサブ解析がなされた結果、10年を経て、HRTによる更年期治療に関するコンセンサスとそれに基づくガイドラインが出されました。
2013年に国際閉経学会が出したステートメント、英国国立医療技術評価機構(NICE)が2015年に出したガイドライン、2016年に米国心臓病学会が出した女性の虚血性心疾患についてのステートメント等を参考に、現時点で推奨される更年期症状の治療について、
1)閉経に伴う症状緩和のための短期間治療
2)長期間のHRTによる利点とリスク
に分けてまとめます。
1)更年期症状に対する短期間治療
血管運動症状(のぼせ、ほてり、多汗など)
・HRTは、血管運動症状には最も有効な治療法であるが、60歳以下、あるいは閉経後10年以内の人に、より有効である。
・血管運動症状だけの治療目的で、セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)やセロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害剤(SNRI)を第一選択薬として使うべきではない。
・患者に対し、漢方薬やイソフラボンの情報も提供する。
精神症状(不眠、うつ気分など)
・閉経に伴う不安やうつ気分に対しては、HRTや認知行動療法を考慮する。
・過去にうつ病の既往歴がなく、閉経期にうつ症状をきたした女性に対し、SSRIやSNRIの有効性は確立していないことを認識して治療にあたる。
膣乾燥
・細胞粘膜の萎縮による膣の乾燥に対しては、使用期間を制限する必要のない低用量のエストロゲンの膣剤の処方が適している。何らかの理由で全身的なHRT使用が禁忌の対象にも使える可能性がある。
使用を中止すると症状は戻ること、副作用は極めて稀であること、使用中に性器出血があった場合は直ちに主治医に連絡することを患者に伝える。
・保湿剤や潤滑剤について患者に紹介する。
治療効果の評価
・治療開始後3ヵ月経過した時点で、有効性と忍容性について評価する。
・治療効果が得られない場合や副作用が出現した場合は専門医に紹介する。
HRTを実施する場合の注意事項
・子宮摘出後の人にはエストロゲンの単独投与が適切であるが、子宮がある人には子宮内膜癌予防のためプロゲステロンを併用する必要がある。
・タモキシフェンや抗凝固剤、抗けいれん薬との併用は要注意(併用禁忌のことあり)。
・開始後3ヵ月以内に予定外の性器出血がある可能性は多いが、3ヵ月経過後の不規則な出血があった場合は直ちに医師に知らせるよう患者に伝える。
・中止する場合、漸減すると症状が再発しにくい。
・低用量ピルが使われることがあるが、これに含まれるエストロゲンの量はHRTで用いられるプレマリン1錠に含まれる量の6-8倍あり、静脈血栓症のリスクが高まるため、喫煙者には用いない。
2)HRTの長期使用による利点とリスク
血栓塞栓症
・HRTの重要な合併症のひとつに静脈血栓塞栓症があること、そのリスクは、経皮的投与より経口投与の人に多いが60歳以下または閉経後10年以内であれば発症頻度は少ないこと、特別な基礎疾患がない普通の人がエストロゲンを経皮的に投与される場合、リスクはほとんどないことを患者に伝える。
・肥満者を含めた静脈血栓塞栓症のリスクが高い人に対するホルモン投与法は、経口投与より経皮投与を選択する。
・経口投与により、発症頻度は高まるが、60歳以下の人では少ない。観察研究では、経皮投与ではリスクが下がると言われている。
心血管疾患
・エストロゲン単独のHRTは、60歳以下または閉経後10年以内の女性において冠動脈疾患の死亡率を低下させる傾向があるが、プロゲステロンを併用した場合、冠動脈疾患は特に増加も減少もしない。
・適正な使用をすれば、心血管疾患のリスクファクターがある人にもHRTは禁忌ではない。
・経口投与によるHRTはわずかではあるが脳卒中のリスクを高めるが、60歳以下または閉経後10年以内の人への影響はほとんどない。
・HRTは、心血管疾患の一次予防あるいは二次予防目的で使うべきではない。
骨粗鬆症
・60歳以下、あるいは閉経後10年以内の人において骨粗鬆症関連の骨折予防には有効かつ適切である。
・HRTは骨粗鬆症予防に有効であるが、中止すると効果は消失する。
乳がん
・閉経期女性における乳がんになるリスクは、その人が潜在的にもっているリスクの有無によって異なる。
・エストロゲン単独投与の乳がんリスクはほぼ変わらない。
・エストロゲンとプロゲステロンの併用によるHRTは乳がんのリスクを上げる可能性がある。
・50歳以上のHRT施行者における乳がん発症リスクに関して一定の見解は得られていない。乳がんの発症リスクは治療期間にも影響され、治療を中止するとリスクは低下する。
Ⅱ【喫煙者のHRT】
女性の喫煙は、男女共通の健康障害に加え、女性特有の障害ももたらすため、男性に比較し女性での喫煙の害は大きいと言われています。
月経周期の乱れや月経困難症、子宮頸癌のリスク増加、不妊、異常妊娠出産等をもたらす他、喫煙女性は非喫煙者に比べ平均2年程度早く閉経を迎えるといわれています。また、喫煙は、エストロゲンの血管拡張、血管内膜保護、脂質代謝改善、骨密度低下抑制などの好ましい作用を弱めるあるいは相殺してしまいます。その機序は、エストロゲンの低下に加え、肝臓でのクリアランスの増加が主な原因だと考えられています。
喫煙者にHRTを施行する場合、その作用が喫煙により弱められるため、治療効果を得にくいということもおこってきます。
十分な治療効果を得るために投与量を増やしていくと、突然変異を引き起こす可能性をもったエストロゲンの代謝産物が産生され、これが乳がん発症のリスクとなることがあります。HRTの投与を経皮的に行うとエストロゲンの有用な作用は失われず、保持される傾向があるとの報告に従えば、喫煙者の更年期症状に対するHRTは経皮的な投与ルートを選ぶべきでしょう。
喫煙には、血液の凝固能を亢進させる作用もあります。
フィブリノーゲン産生増加、血小板凝集能亢進、血管内皮障害による血液凝固促進など複数の機序が関与しています。前述しましたように、HRTにも静脈血栓塞栓症を起こすリスクがありますので、喫煙者へのHRTはその対象者の背景をよく吟味して決定すべきでしょう。
ピルは、低用量ピルでもHRTで使われ量の6-8倍のエストロゲンが含まれており、静脈血栓塞栓症のリスクも高くなるため、35歳以上の喫煙者には使うべきではないということになっています。
Ⅲ【大豆イソフラボン代謝産物エクオール】
大豆から抽出されたイソフラボンがエストロゲンと化学構造が類似しているため、更年期症状の治療にサプリメントとして使われ始めたのは1990年代ですが、今では“イソフラボン”は一般の人にもよく知られたサプリメントの一つとなっています。
エクオールが最初に発見されたのは1932年と報告されていますが、その後数々の研究がなされ、エクオールが大豆イソフラボンの代謝産物であること、一部の腸内細菌がイソフラボンからエクオールを産生すること、エクオールがサプリメントとして製品化され、多くの臨床試験を通して、更年期のホットフラッシュなどの急性症状に対しても、また骨代謝改善等の閉経後の変化に対しても有効であると報告されています。
長期使用の有効性、有害事象の有無など今後の評価に俟つところが多くありますが、現時点では特に有害事象は出ていないようです。
イソフラボンからエクオールを産生する腸内細菌は日本人の約半数が保有していないということですので、その方たちには特に著効すると予想されます。興味のある方は、有料で、尿検査からその菌の有無を検査してもらえます。
———————————
最初に紹介しました患者さんですが、まず禁煙を勧めましたが、説得できず、更年期症状治療については本人とよく話し合った結果、喫煙者ではありますが、年齢が若く、閉経後の期間も短いこと、経皮投与であればHRTの副作用はほとんどないであろうと予想はできるが、リスクを最小限にするため、漢方薬やエクオールなどの代替医療で対処することになりました。
まず、漢方薬(桂枝茯苓丸)で症状は60-70%程度に軽減、その後エクオールで20-30%程度になったため、現在はエクオール単独で経過観察中です。
エクオールの長期使用による安全性についての十分なデータはまだありませんので、副作用は注意深く観察していきたいと考えています。
山口大学医学部附属病院女性診療外来
松田昌子
Copyright © 2014 Japan NAHW Network. All Rights Reserved.