女性外来の診察室から

No.31 「起立性調節障害と漢方治療」 (大分大学)

大分大学医学部医学教育センター教授 中川幹子先生の投稿です。

 

循環器内科医にとって診断はできるが治療に難渋する病態の一つに、起立性調節障害があります。

 

思春期に起こりやすい起立性調節障害のサブタイプのひとつに、体位性頻脈症候群(Postural Orthostatic Tachycardia SyndromePOTS)があります。POTSの生理学的機序として、立位により下半身に水分が貯留し、静脈還流と心拍出量が減少するため圧受容体反射を介した交感神経活性の異常な亢進により頻脈が起こると考えられます。

 

起立後に血圧低下を伴わず著明な心拍上昇を認め、ふらつき、倦怠感、心悸亢進などの起立不耐症状を呈します。

その病因は思春期に起こりやすい自律神経機能失調と考えられており、急激な身体発育のために自律神経のバランスが不安定になった状態と考えられています。保健室登校や不登校状態になる場合も稀ではなく、適切な治療が必要となりますが、西洋薬は有効性に乏しく、生活指導が基本となっています。

 

しかし、このような病態には、漢方薬の効果が期待できます。

漢方薬が有効であった若年女性の3症例を紹介します。

 

◎症例1

13歳女性で、動悸発作が起床後や午前中に学校で起こるため早退し、体育や部活も休んでいました。

起こり始めは突然で、1-2時間持続後に自然に消失しますが、時に胸部圧迫感を伴うこともあります。動悸時には洞性頻脈以外の不整脈は記録されていませんでした。

幼少時に両親が離婚し、現在は曽祖母と二人暮らしです。

  

◎症例2

18歳女性で、1年前より労作時に動悸・胸痛・ふらつきが出現し、近医で心室期外収縮(VPC)の頻発を認め、高周波カテーテル・アブレーション治療を受けましたが、VPCの発生部位がヒス束近傍にあるため不成功に終わりました。

β遮断薬や抗不安薬は無効で、症状はさらに悪化し不安感も強いため当科を受診しました。初診時、胸痛、動悸がほぼ終日あり、通学時や運動時にふらつき・めまいが出現するため、午前中はほとんど保健室で過ごしていました。

 

◎症例3

26歳女性(研修医)で、心臓カテーテル検査中にプロテクターを着用して立っていると、動悸、息苦しさ、気分不良、多量の発汗が出現しました。

カテ室を出て椅子に座って見学していても気分不良が持続し、休日も疲労感が強く、研修が継続出来るか不安になり、相談を受けました。

 

3症例とも、“苓桂朮甘湯”が著効を示し、起立性調節障害によると考えられる自覚症状はほぼ消失し、無事に学業や研修を継続することが出来ました。

 

本方は茯苓、桂皮、朮、甘草からなり、茯苓と朮は水分の偏在を調整し、桂枝と甘草は心悸亢進を治すると言われています。

水毒の上衡と気の上逆のため心悸亢進、呼吸促迫および起立性眩暈を来たした場合に用いられます。

また茯苓には安神作用もあり、精神や自律神経のバランスも改善したと考えられました。

 

思春期の精神的に不安定な時期に起こる起立性調整障害に有効な治療法の一つとして、お勧めの方剤です。

 

大分大学医学部附属病院の女性専用外来は、開設後11年が経過しましたが、ここでの経験は私の貴重な財産となっており、これからも精進していきたいと思っています。

 

大分大学医学部 医学教育センター 教授 中川幹子

http://www.med.oita-u.ac.jp/mededuc/staff.html

水を飲む女性 (2)

Copyright © 2014 Japan NAHW Network. All Rights Reserved.