天野理事長ブログ&スケジュール

2017.09.11

産業保健における性差の課題 その3

荒木労働衛生コンサルタント事務所所長 荒木葉子先生の投稿です。

 

 私が比較的気に入っているのは、トータルヘルスプロモーションです。1979年に米国からヘルシーピープルという健康施策が打ち出されました。ライフステージに応じたリスクを特定し、健康的な人生を送るためのエビデンスに基づいた健康施策を提示したのです。1986年には健康増進とは個人の生活習慣と社会的環境の改善を含むこととしてオタワ憲章が採択されました。1986年のトータルヘルスプロモーション(THP)はこうした世界的潮流に乗って策定されたのではないか、と推測しています。大企業が運動器具を買い入れ、専属トレーナーや栄養士を配備したりしていました。ビルの一階分すべてがジムだった企業もあります。健康診断も自社ですべてを行う企業もありました。今思えば、かなりバブリーな時代でした。

■トータルヘルスプロモーション

トータルヘルスプロモーション(THP):1988(昭和63)年に労働安全衛生法を改正し、事業者は、労働者の健康保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるよう努めなければならないと定めた。産業医は「健康測定」、それぞれの専門家が「運動指導」、「メンタルヘルスケア」、「栄養指導」、「保健指導」をする。

そもそもの原則に従えば、産業医が担当している職場でのリスクを特定し、それに対して専門家集団が予防的措置を講じ、働く人のヘルスリテラシーを高めて、健康増進を自ら行う、そして、事業者は労働環境整備を行う、という意味です。

 残念なことに(と私は思うのですが)、THPは労働安全衛生法に立脚しているので、健康測定は、定期健康診断および体力測定を意味していました。

定期健康診断は、職場で毎年行っているものですので、皆様、項目はご存知ですね。

荒木先生3-1

2の一部

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 皆さんは、この項目や省略項目を見て、どのように思われますか?

 

 以下に2014年の患者調査を示します。仕事の都合で病院に行けない、ありふれた事だから受診するまでもない、というバイアスがかかるので有病率ではないのですが、一定の傾向はわかります。

 女性に多い疾患は何でしょうか?

20~50代にかけての血液疾患、つまり貧血はなんと男性の8~10倍です。新生物リスクも高く、子宮筋腫など良性腫瘍も含まれますが、子宮頸がん、乳がんが多いです。腎尿路生殖器系では膀胱炎や婦人科系の疾患のリスクが高いことがわかります。そしてもちろん妊娠出産です。

一方、この年代で男性より少ないのは、循環器系(高血圧、心筋梗塞、脳卒中など)、内分泌代謝疾患(脂質異常症、糖尿病、高尿酸血症)、消化器系としてまとめられてしまっていますが肝機能障害です。

荒木先生3-3

 

この健康リスクと定期健康診断項目を比べてみてください。

若年女性の貧血が多いのに40歳未満(35歳以外)は、貧血検査は省略可能項目(もちろん医師の判断があれば・・ですが)、ですし、貧血検査なのに、赤血球と血色素(ヘモグロビン)しか測定していません。

一方では、肝機能、糖代謝、脂質に関しては、しっかり測定され、平成20年からは40歳以上であれば、特定健康指導も受けることができるようになりました。疾患の性差を考えると不思議ですね。

  昭和60年代の国民健康づくり運動の項目を見ると、若年女性のやせ、貧血は重点項目としてしっかり書かれています。このころは、働く女性としてではなく、国民全体の健康施策としてまだ貧血が重視され、栄養問題は過剰も不足も視野に入っていたのだと思います。

 しかし、その後、高齢者の健康予防として動脈硬化性疾患対策が主流となり、平成20年からは「多い・高値」のメタボ全盛期になりました。すっかり貧血ややせなど、「少ない・低値」の疾患は隅に追いやられていきます。

 最近読んだ本に、「貧血大国・日本~放置されてきた国民病の原因と対策」山本佳奈著(光文社)、「鬱・パニックは「鉄」不足が原因だった」 藤川徳美著(光文社)があり、いずれも日本の鉄対策不足に警鐘を鳴らしています。

 女性のやせ、タンパク、ミネラル、ビタミン不足、腸内環境の悪化は、妊孕性の低下、メンタルヘルス、疲労、思考力の低下、更には胎児や子どもの発達への影響が考えられます。

 ご自身や家族の皆さんの、栄養のバランスに今一度、注意をしてみてください。

 

荒木労働衛生コンサルタント事務所所長 荒木葉子

バランスのとれた食事の並ぶ食卓

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